北東に進路をとれ
NPO法人日本交渉協会副理事長 土居弘元
「北北西に進路をとれ」(North by Northwest) はヒッチコック監督作品の映画で。とうもろこし畑の中を、防虫剤散布用の軽飛行機による追跡を逃れて逃げ回るシーンや、ラシュモアにある4人の大統領の顔が刻まれた岩壁を滑り落ちそうになるシーンが思い出される。このタイトルと似ている交渉学関係の文献が「北東へ進め」(Move Northeast) でLax・Sebeniusの著書「最新ハーバード流3D交渉術」(3D Negotiation )第8章である。両者は内容としては類似性に何ら関係があるわけではないが、ヒッチコック作品が好きな私は3D交渉というタイトルを見るたびに「北東へ進め」という言葉を思い出す。
Sebeniusは“Six Habits of Merely Effective Negotiators”という論文の序で「1999年1年のM&A取引だけで3.3兆ドル以上の価値を上げている。しかも、それ以上の価値が交渉者の手をすり抜けている。テーブルに残されている価値はまだ多いのだ」という旨を述べている。これは20年近い昔のHarvard Business Reviewの論文の話であり、グローバル化が進み、社会構造の激しい変化はM&A等の交渉による資本の動きをますます推し進めて来ていることと思う。重要なことは「北東に進む」ということの意味を真剣に考えることである。
交渉で双方の利益をさらに大きく創出し、それのもたらす結果を両者に好ましい方法で分配する、というのが統合型交渉の示すところである。統合型交渉は交渉者相互が持つ関心事項について対応して話を進めるものである。十分な話し合いをせずに安易に妥結すると、テーブルの上に残すものが多くなる。したがって、複数個ある関心事項を十分に検討し、両者のZOPAである4分円の第1象限のパレート曲線のフロンティアを目指すことを勧めるのである。そのため、両者がともに満足を増大する方向に進む北東に向かってパレート曲線直前まで進目、それが「北東に進む」ということなのである。できる限りパレート曲線上に近づくことを目指して進む、それが統合型交渉を行い、両者の成果を生むことになる。双方がお互いの満足を増大し、より大きい分配を得ることができるように、と考えることができるのが北東に進む道を探ることであり、それを目指して交渉することである。
これは創造的交渉の究極の目的を意味するものであり、「北東に進め」は統合型交渉の精神を表す言葉として面白いと思う。
土居 弘元氏
国際基督教大学 名誉教授
特定非営利活動法人 日本交渉協会副理事長
1966.3 慶応義塾大学経済学部卒業
1968.3 慶応義塾大学大学院商学研究科修士課程修了
1971.3 慶応義塾大学大学院商学研究科博士課程単位取得退学
1971.4 名古屋商科大学商学部専任講師から助教授、教授へ
1983.4 杏林大学社会科学部教授
1990.4 国際基督教大学教養学部教授(社会科学科所属)
1995.4 教養学部における一般教育科目として交渉行動を担当
2007.3 国際基督教大学を定年退職(名誉教授)
2007.4 関東学園大学経済学部教授 現在に至る
【著書・論文 】
『企業戦略策定のロジック』中央経済社2002
「価値の木分析と交渉問題」“Japan Negotiation Journal”Vol.2 1991
「交渉理論における決定分析の役割」“Japan Negotiation Journal”Vol.16 2004
その他のレクチャー
土居弘元先生による交渉学Web講座
土居弘元先生による交渉学Web講座
土居弘元先生による交渉学Web講座
「交渉行動と意思決定」という授業を担当していた頃、第1回目に行うロールプレイングは「マウンテンバイク」であった。これは、引っ越ししなければならなくなった高校生が、愛車である中古のマウンテンバイクを売るという話である。大学2、3年生にとってはそれほど違和感を覚えるケースではない。そこで行われるやり取りと結果を見ていると、売り手は「できるだけ高く売りたい」という気持ち、買い手は「できるだけ安く買いたい」という気持ちに基づいて行動する学生が多かった。