弱者の交渉術~“逃げる”も戦術
NPO法人日本交渉協会常務理事 望月明彦
交渉者同士は常に対等な関係にあるとは限りません。むしろ交渉者の一方が弱い立場にいることの方が普通です。商品売買の交渉では、余程の希少商品でない限り、買い手の方が交渉力が強くなります。日常生活でも女性の方が立場は強いかもしれません。
では、こちらの交渉力が弱い場合、交渉力の強い相手とどのように交渉をすればよいのでしょうか。ここでは弱者の交渉術として、「泣きの戦術」と「第三者の介入」という二つの考え方を紹介します。また交渉力のある相手方がこちらに対して強硬戦術をとってきた時の対処の方法についても説明します。
泣きの戦術
弱者があたかも交渉力があるように装って強気の交渉を行っても、相手にばれれば逆に足元を見られるだけです。また強気に出たことが裏目に出て、相手が交渉テーブルを蹴ることになれば元も子もありません。
そこで、自らの痛みを訴えて、相手に譲歩を迫るという「泣きの戦術」も考えられます。自分には交渉力がない。しかしこの交渉でこれだけの成果を得られなければ大変なことになる。何とかしてもらえないか。そういう泣き落としです。
この戦術を使われた相手は、この「死なばもろとも」のような態度に一種の脅しのようなものを感じます。その意味で泣きの戦術は立場固定戦術と同様、強硬戦術の一つと言えます。
第三者の介入
弱者も第三者を交渉テーブルに加えることで自らの立場を強くすることができることがあります。交渉テーブルに加えるといっても、実際の交渉テーブルに第三者が座るという意味ではありません。
まず、弱者を加えて、こちらが弱者連合を作るという手があります。一人では弱者であっても、強者に対して敵対心を持つ複数の弱者が集まれば、強者に対抗できる交渉力を持つ可能性もあります。実際に業界によっては弱者が経営統合を繰り返し、強者に迫る勢いを持ち始めた企業グループもあります。
また、交渉相手としてさらに強者を加えるという手もあります。1対1では弱者であっても、複数の強者が一人の弱者を奪い合う関係になれば弱者にも交渉力が生まれます。
最後に、弱者が自身を代弁してくれる第三者を利用することも考えられます。弱者は強者と対等な交渉ができませんから、質問も遠慮がちになったり、あまりに不利な条件提示を承諾せざるを得なくなったりします。しかし弱者が第三者を交渉代理人として盾に使えば、この第三者を通じてより自身に有利な条件を引き出すことができるかもしれません。
強硬戦術への対応
交渉相手がその優位な立場を利用して強硬戦術を採用してくることがあります。強硬戦術には様々ありますが、例えば立場固定戦術はその典型です。ほかにも脅迫的な言葉を使ってくることがあります。また自分の主張をゴリ押しするような攻撃的な態度をとってくることもあります。このような強硬戦術への対処法には次のようなものがあります。
その1:強硬戦術をやり返す
交渉相手が強硬戦術に出た時に、こちらも感情的に強硬戦術に出てしまうことが多いでしょう。特にこちらが圧倒的に交渉力がないわけではないのであれば、馬鹿にされたと感じて交渉は決裂に向かうでしょう。ただ、感情的に強硬戦術をやり返すのではなく、冷静かつ慎重に強硬戦術をやり返すことで、相手に強硬戦術を見直すよう暗に促すことができるかもしれません。
その2:強硬戦術を無視する
交渉相手は強硬戦術によりこちらが譲歩することを期待しているわけですから、強硬戦術にこちらが反応を示さなければよいわけです。具体的には相手が強硬な態度に出た時に、全くそれを聞いていないふりをするわけです。相手は戸惑うでしょう。今の話を聞いていなかったのか、全く動揺も反応もないのはどういうことだ、と。その結果、交渉相手はこちらに対する強硬戦術を見直そうとするかもしれません。
その3:強硬戦術の前に相手を抱き込む
最後は、相手が強硬戦術を繰り出す前に、先に人間関係を作ってしまい、相手が強硬戦術に出にくい雰囲気を作り出すことです。本格的な交渉がスタートし、相手が強硬戦術を使ってしまえば、時すでに遅しとなってしまいます。そこで交渉の本題に入る前に相手の様子を見ながら、強硬戦術に出てきそうであれば、まずは交渉をストップし、食事に行くなど関係改善に努めるべきでしょう。
実践で使える! 交渉学の知識 ~「弱者の強みを見つけよ」
弱者が強者と交渉している時、弱者はなかなか強気に出られませんが、そもそも強者が弱者と交渉するということは、弱者の持つ何かが欲しいという思いがあるからです。例えば業績好調な優良企業が、業績不振の企業を救済合併する場合でも、優良企業は業績不振企業の持つ例えば特許を他社に奪われたら困るという意図があるかもしれません。弱者はこの自社の強みを見つけ、交渉上の武器にすることが大切です。
覚えておきたい! 交渉の心得 ~「根回しが交渉の成否を決める時がある!」
日本の場合、公式な交渉の場よりも、非公式な根回しが交渉の成否になることがあります。この時公式な交渉は儀礼的なものとなり、形骸化することがあります。
望月 明彦氏
望月公認会計士事務所代表
特定非営利活動法人 日本交渉協会常務理事
ディップ株式会社監査役 (東証1部上場)(現任)
アイビーシー株式会社監査役(東証1部上場)(現任)
日本公認会計士協会東京会 研修委員会 副委員長(2010~2014)
経済産業省コンテンツファイナンス研究会 委員(2002~2003)
早稲田大学政治経済学部卒。
監査法人トーマツを経て、慶応義塾大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)修了。
その後、上場企業の経営企画部長として資本政策の立案・実施、合弁会社の設立、各種M&Aなどを手掛ける。
さらに、アーンストアンドヤングの日本法人にて上場企業同士の経営統合のアドバイザー等を務める。
2010年より望月公認会計士事務所代表。日本交渉協会常務理事。
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