望月明彦氏による交渉学Web講座

交渉研修の現場から 第5回「交渉と説得の違い」

NPO法人日本交渉協会常務理事 望月明彦

日本交渉協会が実施している交渉研修(交渉アナリスト実技研修、通学ゼミ土日集中講座、ビジネス交渉アナリスト講座など)で気付いたことをお伝えしていくコーナーです。

交渉研修で、参加者のロールプレイングの様子を見ていると、参加者の普段の交渉ぶりがよく見て取れます。公務員の方の多くは、公務員らしくきっちりとした説明をされます。購買部の方はしっかりと自分の要望を示し、多少威圧的とも思える交渉をする傾向にあります。また営業の方は営業らしく、人間関係を大切にするように見えます。もちろん全員が全員、普段の職業らしい交渉をするわけではありませんが、その傾向は強いように思います。

さて、この交渉ぶりを見ていて気になることがあります。それは「交渉」ではなく「説得」をしてしまう方が多くいらっしゃるということです。交渉と説得の違いは何でしょうか。

まず、説得というのは、説明して納得させるということですから、こちらの言い分を相手に“のませる”というニュアンスが強いです。交渉を学ぶということを、この説得技術を学ぶということだと思われている方がいらっしゃいますが、それは違います。

「交渉」は「説得」ではありません。相互の利害や関心事を理解し合い、お互いにとってよりハッピーな解決策を一緒に考えていくことです。その意味で創造的な活動なのです。

交渉を説得と捉える方は、ロールプレイングがはじまると同時に、自分の主張を相手に伝え、その主張の正しさをただひたすらに説明してしまいます。皆さんもそのような交渉相手に苦労した記憶があるのではないでしょうか。これでは一種の押し売りです。相手のニーズも理解せずに一方的に話しても相手の心は動きません。

人はついつい相手のニーズを聞く前に、自分の主張をしてしまいがちです。ですから、交渉アナリスト実技研修では、交渉プロセスを分解し、自己主張する前に相手のニーズを聞き出し、相手が気づいてさえいないニーズを開発するといったトレーニングをしています。

このように説明しますと、売り手が買い手のニーズを聞くのは分かるが、買い手は売り手のニーズを聞き出す必要があるのか、といったご質問をうけることがあります。

もちろん買い手も売り手のニーズを聞き出すべきです。なぜなら、売り手はただ単に商品を高値で売りたいと思っているだけではないかもしれないからです。値引きしてもいいからすぐに買って欲しいと思っているかもしれませんし、または誰か顧客候補を紹介してもらいたいというのが本音かもしれません。さらに、売り手の他の部署が扱っている商品で、あなたが欲しいと思っているものがあるかもしれません。買い手が売り手の事情を様々に聞きだせば、何かのきっかけで、お互いにとってよりハッピーな解決策が見つかるかもしれないのです。

このように考えてみると、交渉力とは質問力であり、また提案力でもあると言えます。より良い質問をし、より良い提案をすることができれば、きっとお互いにとってより良い合意ができるのです。

望月 明彦氏

望月公認会計士事務所代表
特定非営利活動法人 日本交渉協会常務理事
ディップ株式会社監査役 (東証1部上場)(現任)
アイビーシー株式会社監査役(東証1部上場)(現任)
日本公認会計士協会東京会 研修委員会 副委員長(2010~2014)
経済産業省コンテンツファイナンス研究会 委員(2002~2003)

早稲田大学政治経済学部卒。
監査法人トーマツを経て、慶応義塾大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)修了。
その後、上場企業の経営企画部長として資本政策の立案・実施、合弁会社の設立、各種M&Aなどを手掛ける。
さらに、アーンストアンドヤングの日本法人にて上場企業同士の経営統合のアドバイザー等を務める。
2010年より望月公認会計士事務所代表。日本交渉協会常務理事。

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まとめ

交渉には自分だけがハッピーになろうとする「分配型交渉」(「ウィン・ルーズ型交渉」)と、自分も相手もハッピーになろうとする「統合型交渉」(「ウィン・ウィン型交渉」)がありました(第1回)。

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