望月明彦氏による交渉学Web講座

交渉倫理~嘘は許されるのか?

NPO法人日本交渉協会常務理事 望月明彦

今回は交渉における倫理について考えてみましょう。ここでの目標は、「交渉のなかで嘘は許されるのか?」という問いに対する自分なりの回答を考えていただくことです。そこでまずはある女性のフリーマーケットでの交渉における行動と心の動きをお読みください。

この若い女性はフリーマーケットで毎年お店を出すのが趣味でした。昨年は古着を売りましたし、その前の年は自分で作ったクッキーを売りました。毎年少しずつ顔なじみのお客さんができて、声をかけてもらえるのも楽しみの一つです。正直言って、大して利益は出ませんが、赤字にだけはならないように気をつけています。

今年は家の中にたまった古本を売ることにしました。単行本の小説が多いので、古本屋さんに行けばせいぜい1冊50円程度にしかならないと思っています。フリーマーケットで売れば古本屋の販売価格で売ることができるので200円程度の値段をつけられそうです。ただ、フリーマーケットでは値下げ交渉がつきものですから、女性はどの本も古本屋の相場より少し高めの価格をつけておくことにしました。

フリーマーケットも終了時刻が近づき、今年も何とかほとんどの商品が売れ、残すところ少しとなった時、見たことのない若い男性が近づいてきて言いました。「この小説が400円とは随分と高いですね。100円ぐらいにまけてもらえませんか? すぐに買いますよ」

女性はこの小説は古本屋で150円で買ったものなので100円という金額は妥当かもしれないと思いつつ、こう切り返しました。 ①「その小説はすごく人気があるので古本屋でもあまり売っていないんです。だから400円は相場ですよ」女性はこの小説がヒット作だったので古本屋でもたくさん売られていることを知っていましたが、見知らぬ男性だったこともあり少しはったりをかましてみました。

男性は言いました。「そうですか。おかしいな……うちの近所の古本屋さんでは確か、200円ぐらいだった気がするけど……」女性は少し焦りながら言いました。 ②「きっとその本は状態が悪かったんですね。この本は私しか読んでいませんから新品同様ですよ」

男性は「なるほど!」と素敵な笑顔を浮かべ、その小説をぱらぱらとめくりはじめました。女性は思いました。“まずいっ、裏表紙に私が買った古本屋のシールが貼ってあった!”男性が小説をひっくり返そうとした時、女性は上ずった声で言いました。「では400円と100円の間をとって250円でどうですか?」。男性は笑顔で、「なるほど。では250円で買いましょう!」あなたはすぐにその小説を男性から取り上げ、紙袋に入れました。

と、そこへ近所に住む幼馴染の親友の女性がやってきて、この女性に言いました。「あら、今年は古本なのね。私も1冊買っていこうかしら」すると小説の入った袋を受け取りながら男性が言いました。「あれっ。お前も来てたのか!」「あっ、お兄ちゃん!」

嘘は許されるのか? どこまでなら許されるのか?
会話の①と②の番号を付した発言は、少なからずの嘘が含まれています。女性はその小説が古本屋でたくさん売られていることを知りながら400円という価格の妥当性を主張しようとしました。またその小説は古本屋で買ったものなのに、新品だと嘘をつきました。果たしてこのような嘘は許されるものでしょうか?
人は日常生活でも、またビジネスでも、嘘の扱い方に迷う時があります。ここで、嘘についての考えられる意見を並べてみましょう。

A.嘘は常に許されない。
嘘はいつかばれるものなので絶対にやめた方がよいという意見もあり得ます。

B.後からばれない嘘ならある程度は構わない。
ばれる嘘はその後の関係悪化につながるのでよくないが、ばれないならある程度の嘘をつくのは普通だ、という意見もあり得ます。

C.悪意のある嘘はだめだが、親切心からの嘘なら許される。
人をだまして自分が得をしようという嘘はだめだが、親切心からのものであれば嘘も方便で許されるという意見もあり得ます。

D.プロが素人をだますような嘘はだめだが、プロ同士であれば多少は構わない。
不動産の営業担当者が高齢者をだまして高額な不動産を購入させるなど、プロが素人をだますのは許されないが、例えば不動産会社の担当者同士の取引であればプロ同士なので法に触れない程度でのだまし合いは許されるという意見もあり得ます。

E.成果のためなら基本的に嘘は許される
自分の成果のためなら手段は選ばないという、Aとは正反対の意見もあり得ます。
上記以外にも、嘘についての考え方は人それぞれです。また同じ人であっても、状況によって、AからEのどの意見を使うか分けていることもあるかもしれません。交渉における嘘を含めた倫理的な問題は、唯一の正解があるものではなく、各自がしっかりとした信念をもつことが大切です。

実践で使える! 交渉学の知識 ~「自分の評判と相手との長期的な関係を考えよ!」
嘘をつくなど非倫理的な交渉は、短期的な利益や目標を達成することはできるかもしれませんが、同時に次の二つのことを、自分の胸に手を当てて考えてみてください。
(1)そのような交渉をしていたことを他人が知ったら自分の評判はどうなるか?
(2)その交渉の後、あなたと相手との長期的な信頼関係はどうなるか?

覚えておきたい! 交渉の心得 ~「意識的に流された情報には注意せよ!」
人は自らの手で得た情報を信用する傾向があります。それを利用して、意識的にあなたにある情報が届くよう情報を流す交渉相手がいます。思わぬ情報があまりにも簡単に手に入った時は、打算のある、意識的な情報と疑った方がよいかもしれません。

望月 明彦氏

望月公認会計士事務所代表
特定非営利活動法人 日本交渉協会常務理事
ディップ株式会社監査役 (東証1部上場)(現任)
アイビーシー株式会社監査役(東証1部上場)(現任)
日本公認会計士協会東京会 研修委員会 副委員長(2010~2014)
経済産業省コンテンツファイナンス研究会 委員(2002~2003)

早稲田大学政治経済学部卒。
監査法人トーマツを経て、慶応義塾大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)修了。
その後、上場企業の経営企画部長として資本政策の立案・実施、合弁会社の設立、各種M&Aなどを手掛ける。
さらに、アーンストアンドヤングの日本法人にて上場企業同士の経営統合のアドバイザー等を務める。
2010年より望月公認会計士事務所代表。日本交渉協会常務理事。

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