望月明彦氏による交渉学Web講座

社内交渉~社内会議という名の社内交渉

NPO法人日本交渉協会常務理事 望月明彦

ビジネス交渉というと、営業マンが取引先と条件交渉をしている姿を思い浮かべるかもしれません。確かに会社にとって大変重要な交渉です。しかし実はビジネスマンが最も多く行っている交渉は恐らく「社内交渉」です。

社内会議という名の社内交渉
ある会社での出来事です。社長の鶴の一声で、急遽、3か月後に創業10周年パーティーを開くことになりました。取引先を招待し、今後の売上増加につなげようというわけです。そこでそのパーティーを取り仕切る部署を決めるための会議が開催されました。会場を予約し、出席確認を行い、当日の運営を行うのです。会議の出席者は、総務部長、人事部長、経理部長、営業部長、営業企画部長の5人です。どの部長もパーティーを取り仕切るなどという面倒な仕事を担当する気はありません。会議の様子をのぞいてみましょう。

≪会議でのやり取り≫
総務部長が口火を切ります。
「今回のパーティーの目的は何でしたっけ?」
人事部長が待っていたかのように答えます。
「確か顧客との関係強化ですよね」
慌てたように営業部長が反論します。
「営業部は出席された取引先の対応がありますから、仕切り役は無理ですね」
経理部長が言います。
「では、営業企画さんで担当されてはどうですか?」
営業企画部長も負けていません。
「我々はパーティー前後での営業施策を検討しますから運営は無理ですね」
営業部長も助け舟を出します。
「こういった業務はやはり総務部が一番強いのではないでしょうか?」

部長たちは業務に忙しいので余計な仕事を引き受けたくありません。同時に彼ら部長は後ろに大勢の部員を抱えています。この業務を引き受けて部に戻れば、今度は自分の部員たちにその業務を担当することを納得させるための交渉をしなければならなくなります。

社内交渉における罠
社内会議も社内“交渉”である以上、やはりウィン・ルーズ型にもなれば、ウィン・ウィン型にもなります。先ほどの10周年パーティーの交渉はウィン・ルーズ型です。業務の押し付け合いであり、パイの取り合いでしかありません。

ところが部長たちがこのパーティーを通して会社を一層発展させることができるかもしれないと考えたら会議も変わります。各部署からマネジャーを出し合って、組織横断のプロジェクトを作り、彼らにパーティーの成功体験をさせ、同時に組織中間層の結束強化につなげよう、となるかもしれません。

しかしそうならないのは社内会議がウィン・ルーズ型からウィン・ウィン型に移行できないためです。ここでは社内会議が新しい解決策を生み出すウィン・ウィン型にならない、「組織的な罠」について解説します。皆さんの社内会議がこの状況に陥っていたら、一度会議を中断して、ブレインストーミングをするなど罠から抜け出す努力をしてみてください。

その1:グループ・シンク
社内会議でこんな風に感じたことはありませんか?「何だか、皆、この方向性でよいと思っているようだけど、私は何かおかしい気がするな。でも皆がこれでよいのだったら、今更何も言うべきではなさそうだ」こう感じたとしたら、その会議はグループ・シンクに陥っており、新しい創造的な解決策を考えることができていない状態にあるかもしれません。

その2:リスキー・シフト
社内会議で意思決定をするとき、個人ではすることがないほど極端に危険な意思決定をしてしまうことがあります。競合他社が値下げをしてきたことに対して、自社も赤字覚悟の値下げ合戦に参加してしまうなどです。

実践で使える! 交渉学の知識 ~「チーム交渉では役割分担を!」
交渉は必ずしも1対1とは限りません。特に企業間の交渉の場合、各社が担当者を数名出席させることがあります。このとき事前に各出席者が役割分担をしておくべきです。交渉をリードする人、書記、関係資料をチェックし計算する人、といった具合です。

覚えておきたい! 交渉の心得 ~「行き詰まりは戦略の一つと認識せよ!」
多くの交渉では、行き詰まりを見せます。お互いこれでは合意は無理だ、と感じる瞬間です。このとき日本人はこの行き詰まりを打破する忍耐力がないと言われます。西洋人はこの行き詰まりを肯定的にとらえ、そこからお互いの妥協点を探り出そうとすると言われます。

望月 明彦氏

望月公認会計士事務所代表
特定非営利活動法人 日本交渉協会常務理事
ディップ株式会社監査役 (東証1部上場)(現任)
アイビーシー株式会社監査役(東証1部上場)(現任)
日本公認会計士協会東京会 研修委員会 副委員長(2010~2014)
経済産業省コンテンツファイナンス研究会 委員(2002~2003)

早稲田大学政治経済学部卒。
監査法人トーマツを経て、慶応義塾大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)修了。
その後、上場企業の経営企画部長として資本政策の立案・実施、合弁会社の設立、各種M&Aなどを手掛ける。
さらに、アーンストアンドヤングの日本法人にて上場企業同士の経営統合のアドバイザー等を務める。
2010年より望月公認会計士事務所代表。日本交渉協会常務理事。

その他のレクチャー

交渉研修の現場から 第6回「交渉分析力診断テスト」

交渉研修の現場から 第6回「交渉分析力診断テスト」

この診断テストは、交渉事例にそって約30の問があり、各問について4択の中から自分が最適と思うものを選んでいただく形式です。この診断では、交渉力を「分配型交渉」「統合型交渉」「認知バイアス」「意思決定」「信頼性」という5つの観点から評価し、100点満点で得点化します。

第5回「交渉と説得の違い」| 望月明彦氏による交渉学Web講座

交渉研修の現場から 第5回「交渉と説得の違い」

交渉ぶりを見ていて気になることがあります。それは「交渉」ではなく「説得」をしてしまう方が多くいらっしゃるということです。交渉と説得の違いは何でしょうか。

第4回「交渉の満足度」| 望月明彦氏による交渉学Web講座

交渉研修の現場から 第4回「交渉の満足度」

交渉研修では、参加者が二人一組のペアになりロールプレイングを行いますが、そのロールプレイングが終わったとき、その交渉の満足度を1点から5点で表現していただきます。そして、自分の満足度を交渉相手の満足度と比べていただくのです。

第3回「チーム交渉」|望月明彦氏による交渉学Web講座

交渉研修の現場から 第3回「チーム交渉」

交渉研修では、参加者にいくつかのチームに分かれていただき、チームごとに交渉相手への提案を検討・発表していただくことがあります。いわばチーム交渉です。

望月明彦氏による交渉学Web講座

交渉研修の現場から 第2回「交渉における“ジェスチャー”」

日本交渉協会が実施している交渉研修(交渉アナリスト実技研修、通学ゼミ土日集中講座、ビジネス交渉アナリスト講座など)で気付いたことをお伝えしていくコーナーです。

望月明彦氏による交渉学Web講座

交渉研修の現場から 第1回「交渉ロールプレイングのすすめ」

交渉アナリストの研修では、交渉学の理論を説明した後、参加者の皆さんにロールプレイングを行っていただき、交渉知識を試していただきます。二人一組のペアで、片方が売り手、もう片方が買い手となり、それぞれ1~3枚程度の簡単なケースを読み、交渉を行います。短いケースであれば10分程度、長いケースの場合は40分を超える場合もあります。

望月明彦氏による交渉学Web講座

まとめ

交渉には自分だけがハッピーになろうとする「分配型交渉」(「ウィン・ルーズ型交渉」)と、自分も相手もハッピーになろうとする「統合型交渉」(「ウィン・ウィン型交渉」)がありました(第1回)。

望月明彦氏による交渉学Web講座

交渉倫理~嘘は許されるのか?

今回は交渉における倫理について考えてみましょう。ここでの目標は、「交渉のなかで嘘は許されるのか?」という問いに対する自分なりの回答を考えていただくことです。そこでまずはある女性のフリーマーケットでの交渉における行動と心の動きをお読みください。

望月明彦氏による交渉学Web講座

交渉合意~交渉前に合意をイメージせよ!

交渉では交渉時間全体の90%が経過しても妥結済みなのはわずか10%に過ぎず、残り時間10%で交渉の90%が妥結するとも言われます。それほど合意するのは難しいことです。今回は交渉における合意をテーマに考えてみましょう。特に合意が難しいビジネス交渉における組織間の交渉を取り上げます。

望月明彦氏による交渉学Web講座

弱者の交渉術~“逃げる”も戦術

交渉者同士は常に対等な関係にあるとは限りません。むしろ交渉者の一方が弱い立場にいることの方が普通です。商品売買の交渉では、余程の希少商品でない限り、買い手の方が交渉力が強くなります。日常生活でも女性の方が立場は強いかもしれません。

望月明彦氏による交渉学Web講座

認知バイアス~交渉における心理戦

人間は合理的なようで実は日常の行動はあまり合理的ではないようです。人はスーパーマーケットで、「残り10個。本日まで」と書かれた特売品をつい買ってしまいますが、もしかしたらただの売れ残りかもしれません。このように合理的な判断ができない、いわば罠に陥っている状態を認知バイアスと言います。認知バイアスには様々なものがありますが、交渉においてよく見られる認知バイアスには以下のものがあります。

望月明彦氏による交渉学Web講座

社内交渉~社内会議という名の社内交渉

ビジネス交渉というと、営業マンが取引先と条件交渉をしている姿を思い浮かべるかもしれません。確かに会社にとって大変重要な交渉です。しかし実はビジネスマンが最も多く行っている交渉は恐らく「社内交渉」です。