錦の御旗~私的な欲求はカモフラージュせよ!
NPO法人日本交渉協会常務理事 望月明彦
今回は交渉で相手を説得するための武器になる「錦の御旗」について説明しましょう。錦の御旗とは、いわば大義名分であり、交渉ごとで自分の私的な欲求をカモフラージュするために使われるものです。
錦の御旗:私的な欲求をカモフラージュするための大義名分
交渉ごとではいつの時代でも錦の御旗が必要です。戦国時代の武将たちも天下を取りたい、隣国を攻めたい、という欲求だけでは兵をあげられず、何らかの大義名分、錦の御旗を掲げるチャンスをうかがっていたようです。
私的な欲求はカモフラージュせよ!
分配型交渉であれ統合型交渉であれ、人は個人的な欲求を達成することを目指して交渉するのが普通です。個人的な欲求は個人的なものですから、交渉者双方の欲求を同時に満たすのは難しいわけです。
夫婦がどこで外食しようかと相談している時、夫が肉料理がいいというのは個人的な欲求です。理由なんて説明できません。ただあの分厚いステーキにかぶりつきたいだけです。フリーマーケットで小説を値切るのは、安く買って、余ったお金でジュースでも買いたいという欲求があるからです。誰だって手元のお金で多くのものを手に入れたいのです。
一方、交渉相手にも相手の欲求があります。肉料理がいいという夫に対して、妻がパスタを食べたいというのも個人的な欲求です。フリーマーケットで小説を売っている女性は少しでも高く売って、そのお金で新刊を買いたいと思っているかもしれません。
交渉は個人的な欲求と個人的な欲求のぶつかり合いですから、相手に自分の主張の正当性を納得させるのが難しいのです。
そこで、相手を説得するために、個人的な欲求を公のものにすり替える必要があるわけです。妻が言います。「あなた最近少し太ってきたわよ。体のためにもあっさりとしたパスタのほうがいいわよ」一方の夫も言います。「僕の体を気遣ってくれてありがとう。でもね、僕は今、炭水化物ダイエットをしていてね。実はパスタは炭水化物だから太りやすいんだ。その点、肉料理は炭水化物ではないから食べても大丈夫なのさ」
権威
人は交渉で自分の主張を相手に受け入れさせるために錦の御旗で個人的な欲求を公なものにすり替えることをしますが、ほかにも「権威を利用する」ということもよく行われます。
ある会社での出来事です。あなたは経理部の担当者です。14日までに月次決算の資料を作成しなければならず、多少の余裕を見て営業部に10日までに関係資料を提出するよう依頼しました。営業部は言います。「10日までに資料を提出するのは難しい。何しろ10日までが営業の勝負なんですよ。資料作りに時間をかけて、売上予算が達成できなくなったら困るでしょう。13日まで余裕をくださいよ」営業部は資料を作るのが面倒なので、売上予算の達成という錦の御旗を掲げてきました。そこで経理部のあなたは言います。「そうですか。困りましたね。10日までに資料を提出していただかないと14日の社長報告に間に合わないことになります。社長には予算達成のために仕方ないということを伝えておきます」営業部はあわてて、せめて12日までに延ばしてもらえないかと譲歩してきました。
ここでは、営業部の錦の御旗に対して、経理部のあなたは「社長」という「権威」を持ち出して相手に譲歩を迫ったわけです。このように権威を持ち出すことは、特に社内交渉などでよく見られます。いわば「虎の威を借る狐」です。交渉力は強くなりますが、交渉相手には卑怯な交渉に見られるので注意が必要です。
第三者の利用
個人的な欲求を交渉相手に納得させるための方法として、ほかにも「第三者を利用する」という手があります。自分が主張するのではなく、第三者から主張してもらうことで個人的な欲求をカモフラージュするわけです。
経理部のあなたは、業績が苦しいこの時期に社長が毎晩、交際費を多額に使っていることを快く思っていません。しかしそれを社長に面と向かって説得する勇気もありません。そこで毎月の会計事務を依頼している会計事務所の税理士先生にお願いして、交際費を切り詰めたほうがよいとひとこと言ってもらうことにしました。
このように交渉相手に影響力を持つ第三者を使って交渉相手を説得するということもよく見られます。妻が夫の母親にこっそりお願いし、夫に子供が生まれたのだから煙草をやめるよう言ってもらうのも同じかもしれません。
実践で使える! 交渉学の知識 ~「厳しい交渉でも人にはやさしく!」
互いに自分の主張を繰り返し、相手の矛盾を鋭く突き、激しいやり取りのなか、ぎりぎりの時間で合意の光が見えてくるような厳しい交渉が多くあります。そのような激しい交渉のなかでも人間関係や信頼関係を築く努力を怠ってはいけません。交渉ごとで厳しくやり取りしている時ほど、交渉の前後や休憩時などはフランクに話をしたり、また人間的なやさしさを見せたりすることも必要です。
覚えておきたい! 交渉の心得 ~「非をとがめるな。深追いするな!」
交渉相手が交渉に関して何らかの不正をしていたことが分かりました。見え見えの嘘などです。その時その非をとがめ、または責め続けるようなことは避けるべきです。相手はそれによって屈辱感を味わい、報復に出る可能性があります。むしろ相手の間違いや不正、失敗をかばい、またはフォローすることで味方にするほうが得策な時もあります。
望月 明彦氏
望月公認会計士事務所代表
特定非営利活動法人 日本交渉協会常務理事
ディップ株式会社監査役 (東証1部上場)(現任)
アイビーシー株式会社監査役(東証1部上場)(現任)
日本公認会計士協会東京会 研修委員会 副委員長(2010~2014)
経済産業省コンテンツファイナンス研究会 委員(2002~2003)
早稲田大学政治経済学部卒。
監査法人トーマツを経て、慶応義塾大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)修了。
その後、上場企業の経営企画部長として資本政策の立案・実施、合弁会社の設立、各種M&Aなどを手掛ける。
さらに、アーンストアンドヤングの日本法人にて上場企業同士の経営統合のアドバイザー等を務める。
2010年より望月公認会計士事務所代表。日本交渉協会常務理事。
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