BATNA~交渉テーブルを蹴る!
NPO法人日本交渉協会常務理事 望月明彦
今回は交渉において最も重要な武器であるBATNAについて考えていきましょう。通常、命がけの交渉でもない限り、その交渉が決裂しても世の中何とかなるものです。つまり合意できなくても何か代わりの案があるのが普通です。その代替案のなかで最も満足度が高いものを交渉学ではBATNAと呼びます。
BATNA=代替案のなかで最も満足度が高いもの
前回、あなたはフリーマーケットで400円で売られている小説の値下げ交渉をしましたが、実はあなたは古本屋で300円で売っていることを知っていました。あなたは小説が300円以下に下がらないようであれば買うのをやめるでしょう。つまりあなたにとって「古本屋で300円で買う」という案は、フリーマーケットでの交渉におけるBATNAなのです。
交渉テーブルを蹴る!
さて、あなたは会社からリストラされてしまい、今は無職の身です。家族を養うためにもとにかく再就職せねばと考え、ある会社の採用面接に向かいました。そこで採用担当者から出てきた採用条件はあまりにも酷いものでした。あなたはどのような交渉をしますか? 泣き落としで何とか給料を上げてもらえるよう懇願するかもしれません。このときのあなたにはBATNAがないので仕方ありません。
さて、一方、エリート社員のあなたは会社に内緒で転職活動をしており、既にある大手企業から良い条件の内定をもらっています。あなたは欲張ってもう一社の採用面接に向かいましたが、あまり良い条件が出てきません。しかしあなたはここで強気に出るでしょう。あなたは言うかもしれません。「今の会社より良い条件でなければ転職はやめようと思います」、「実はある大手企業から大変良い条件をいただいておりましてね」このようにBATNAは相手の条件を引き上げさせるための最大の武器にもなるのです。もしそれでも相手の条件が良くならなければあなたは交渉テーブルを蹴るべきなのです。
BATNAの3つの意義
ここでは、BATNAを交渉の実践のなかでどのように使うべきかを考えてみましょう。BATNAのもつ3つの重要な意義が浮かび上がってきます。
その1:BATNAがなければ合意後に後悔する
交渉に向かうとき、BATNAをはっきりさせていますか? もしBATNAがあやふやなまま交渉に向かったら、交渉でテーブルを蹴るタイミングが分からずに、合意すること自体が目的となってしまうでしょう。そして後から後悔することになります。
その2:交渉の前にBATNAを強くせよ
BATNAは交渉相手を譲歩させる最大の武器である一方、交渉テーブルについたが最後、そのBATNAをより良いものにすることはもはやできません。ということは交渉テーブルにつく前に、徹底的にBATNAを強くする努力をするべきです。
その3:交渉相手のBATNAを見極めよ
BATNAを強くすることが交渉力につながるわけですが、当然、交渉相手にもBATNAがあるはずです。交渉相手に質問するなかで相手のBATNAを知ることにより、こちらの出方も変わります。
対立話法で主導権を握る!
BATNAを強くすることで交渉力が高まりますが、実際の交渉ではいかに主導権を握り、こちらに有利に交渉を展開させるか、という点も重要です。ここでは交渉において主導権を握るための対立話法を紹介しましょう。
あなたは例のフリーマーケットで、小説を売っている女性からこう言われました。「この小説は人気があって古本屋でも結構高い値段がついているんですよ」さて、あなたはどうしますか? 対立話法に従えば、あなたはこのように答えます。「どこの古本屋でいくらの値段がついているのですか」と。すると相手はあなたの質問に回答しなければならなくなってしまい、あなたは会話の主導権を握ることができるのです。
逆に良くない回答は、例えば「古本屋でも高い値段がついているんですね。でもこの小説はほら、ここが折れていますから値下げしてくださいよ」というように相手の主張を一旦認めてしまう話法で、これを対立話法に対して応酬話法と言います。
実践で使える! 交渉学の知識~「恋愛するときもBATNAをもとう!」
人は人生で多くの交渉を行いますが、最も大切な交渉の1つが恋愛です。ここでもBATNAが重要です。あなたがもしたった一人の異性と恋に落ちたらどうでしょう。BATNAがありませんから、恋愛という交渉であなたはすっかり相手の思うがままになってしまうかもしれません。一方、あなたが他の異性との恋愛の可能性を意識していたらどうでしょう。きっと多少は恋愛相手に対して強気に出られるかもしれません。強気に出たことで恋愛テーブルを蹴られるリスクはありますが……。
覚えておきたい! 交渉の心得~「交渉の前に交渉項目を交渉せよ!」
多くの交渉では複数の交渉項目が存在します。それらの項目をどのような順番で交渉していくかを始めに交渉するようにしましょう。こうすることで取りこぼしなく各交渉項目を交渉できますし、何よりあなたが最初に交渉項目を仕切ることで主導権を握るチャンスも生まれます。
望月 明彦氏
望月公認会計士事務所代表
特定非営利活動法人 日本交渉協会常務理事
ディップ株式会社監査役 (東証1部上場)(現任)
アイビーシー株式会社監査役(東証1部上場)(現任)
日本公認会計士協会東京会 研修委員会 副委員長(2010~2014)
経済産業省コンテンツファイナンス研究会 委員(2002~2003)
早稲田大学政治経済学部卒。
監査法人トーマツを経て、慶応義塾大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)修了。
その後、上場企業の経営企画部長として資本政策の立案・実施、合弁会社の設立、各種M&Aなどを手掛ける。
さらに、アーンストアンドヤングの日本法人にて上場企業同士の経営統合のアドバイザー等を務める。
2010年より望月公認会計士事務所代表。日本交渉協会常務理事。
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