分配型交渉と統合型交渉 ~ウィン・ウィンの3つの誤解
NPO法人日本交渉協会常務理事 望月明彦
交渉は、自分だけがハッピーになろうとする「奪い合い型」と、自分も相手もハッピーになろうとする「問題解決型」に分かれます。前者は「分配型交渉」または「ウィン・ルーズ型交渉」、後者は「統合型交渉」または「ウィン・ウィン型交渉」とよばれます。
分配型交渉(ウィン・ルーズ型交渉)=奪い合い(自分のハッピーを目指す)
統合型交渉(ウィン・ウィン型交渉)=問題解決(自分と相手のハッピーを目指す)
分配型交渉の典型は“値下げ交渉”です。1円でも安く買うことができれば買い手はハッピーですが、一方の売り手はその分だけ損をするからです。分配型交渉は大きさの決まったパイを交渉者同士で分け合う(奪い合う)ようなものです。
一方、プロ野球の2つのチームが交渉によって左ピッチャーと右ピッチャーをトレード(交換)したとしたら、これは統合型交渉です。なぜなら両チームとも欲しかった右ピッチャーまたは左ピッチャーを獲得できたことで、よりチームが強くなり満足するからです。この交渉は決して奪い合いではなく、両チームが一緒に互いの問題を解決しようと協力した結果です。統合型交渉はパイの大きさをより大きくする交渉とも言えます。
皆さんは家庭や職場で日々多くの交渉を行っているはずです。「さぁ、週末は夫婦で外食に行こう。夫は肉料理が食べたい。妻はパスタが食べたい。さぁどうしよう」皆さんならどう解決しますか? ウィン・ウィンな交渉ができそうですか?
さて、この「ウィン・ウィン」という言葉、改めて解説などしなくても皆さん日常的によく聞く言葉でしょう。「私とあの人はウィン・ウィンな関係だ」「お互いウィン・ウィンとなる良い交渉ができた」といった具合です。ところが、このウィン・ウィンについてよくある誤解があります。その誤解を3つご紹介しましょう。
ウィン・ウィンの3つの誤解
その1:お互いが譲歩すればウィン・ウィンというわけではない
ウィン・ウィンの一番大事なところは、その交渉で「お互いがよりハッピーになる」という部分です。交渉したことで良いトレードや解決策が「生まれる」ことに意義があるのです。もし交渉者がお互いに相手を思いやり、自分を押し殺し、相手の主張を受け入れ合ったとしても、それはウィン・ウィンではなく、ルーズ・ルーズです。
夫婦がどこで外食するか交渉します。お互い譲り合った結果、今日はパスタ、来週は肉料理、となったとしたら、満足度が高まったとは言えません。単なる一勝一敗です。もっとお互いがハッピーになる新しい解決策が欲しいのです。
その2:お互いが満足してもウィン・ウィンとは限らない
通常、交渉相手の手の内は交渉が終わってからも知ることはできません。特にビジネス交渉では、「実はこういう思惑があって」とか「実はここまで譲歩できた」ということは分からずじまいです。もしかしたらもっともっと満足できる解決策があったかもしれません。では、どうしたらもっと満足できる解決策を見つけられるのでしょうか。それは相手の関心事を徹底的に「質問」することです。そこから何らかの糸口が見えてくるからです。
外食先を話し合っている夫婦を思い出しましょう。妻は外食も悪くないが、実は夫と一緒に珍しいパスタを食べたいと思っていた。夫は仕事で疲れているので肉料理は食べたいが実は遠出はしたくないと思っていた。ということが分かったら、「そうだ。外食はやめて、たまには夫婦で肉料理とパスタを家で作ってみよう」となるかもしれません。
その3:ウィン・ウィンにも奪い合いがある
さて、このように話してきますとウィン・ウィンは嘘偽りのない美しい世界のように見えてきます。しかしそうではありません。ウィン・ウィン型交渉でパイを大きくしたら、つまりお互いがより満足できる解決策が生まれたら、そこから大きくなったパイを切り分ける交渉が始まるからです。この部分はまさにウィン・ルーズです。相手にちょっぴりの満足を、そして自分がたくさんの満足を、得られるように交渉します。
さて、例の夫婦が家でパスタと肉料理を一緒に作ることになりました。夫と料理ができると妻は喜び、せっせと料理の準備を始めます。夫は上等のステーキを家でのんびり食べられると喜び、ソファーに寝そべってテレビのスイッチを入れます。妻は夫に早くこっちに来て料理をしようと声をかけますが、夫はちょっと待ってくれと言います。ここからは奪い合いの交渉のスタートです。
実践で使える!交渉学の基礎知識 ~「交渉項目を増やせ!」
値下げ交渉は典型的なウィン・ルーズ型の交渉です。しかし、値下げ交渉をしているときに、他の条件を持ち出したらどうなるでしょうか。例えば、「値下げしてくれたら、こっちの商品を定価で買う」または「値下げしてくれたら、保証はつけなくてよい」といった具合です。実はこのように交渉項目を増やすことで合意を目指すという行動を、人間は自然とやっているのです。交渉項目が増えることで、行き詰まった交渉を打破できることを理解して、意図的に交渉項目を増やすよう努力することがウィン・ウィンな解決策への近道なのです。
覚えておきたい!交渉の心得(厳選集) ~「Noということを恐れるな!」
特に日本人は相手に「No」を言うことを避けようとします。しかし本来、Noがあるからこそ交渉がスタートするのです。自分が「受け入れられること」と「受け入れられないこと」をはっきりと伝えることが、ウィン・ウィンな問題解決のためのきっかけです。同時に、交渉相手から「No」と言われても決して感情的にならずに、なぜ「No」なのかをじっくり「質問」しましょう。きっと良い解決策が見つかるはずです。
望月 明彦氏
望月公認会計士事務所代表
特定非営利活動法人 日本交渉協会常務理事
ディップ株式会社監査役 (東証1部上場)(現任)
アイビーシー株式会社監査役(東証1部上場)(現任)
日本公認会計士協会東京会 研修委員会 副委員長(2010~2014)
経済産業省コンテンツファイナンス研究会 委員(2002~2003)
早稲田大学政治経済学部卒。
監査法人トーマツを経て、慶応義塾大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)修了。
その後、上場企業の経営企画部長として資本政策の立案・実施、合弁会社の設立、各種M&Aなどを手掛ける。
さらに、アーンストアンドヤングの日本法人にて上場企業同士の経営統合のアドバイザー等を務める。
2010年より望月公認会計士事務所代表。日本交渉協会常務理事。
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