決定分析(13)-確率判断における認知バイアス-
NPO法人日本交渉協会理事 窪田恭史
前回のモンティ・ホール問題が典型であるように、人の認知は確率判断が苦手である。今回は、確率判断における認知バイアスとして、「連言錯誤」、「基準比率の無視」、「少ないサンプルの予測力の過小評価」を取り上げる。
1.連言錯誤
人間は個別の記述子よりも連言の方に、より鮮明な出来事や行動や人物が含まれていると、連言の生起確率の方が個別の記述子の生起確率よりも高いと誤って認識してしまう。これを「連言錯誤」という。例えば、マックス・H. ベイザーマン著、『行動意思決定論‐バイアスの罠』からの引用で、以下の問いについて考えて欲しい。
問.リンダは31歳独身で、率直な物言いをする、頭の回転がとても速い女性である。大学では哲学を専攻していた。学生時代は、差別の問題や社会正義に関心を持っており、反原子力のデモに参加したことがある。下記の8つの記述について、それぞれリンダに関する言及である確率(可能性)を推定し、確率が高い順に1から8の番号を括弧内に記入せよ。
( )1.リンダは小学校の先生である。
( )2.リンダは書店員で、ヨガの教室に通っている。
( )3.リンダはフェミニズム運動家である。
( )4.リンダは精神保健福祉士である。
( )5.リンダは女性有権者同盟の会員である。
( )6.リンダは銀行員である。
( )7.リンダは保険外交員である。
( )8.リンダはフェミニズム運動家の銀行員である。
質問の内、3と6と8に注目して欲しい。3と6よりも8の方が、確率は高いと考える人が多いのである。しかし、これは明らかにおかしい。下図を見れば一目瞭然のように、8.「リンダはフェミニズム運動家の銀行員である」(P(A∩B))は、3.「リンダはフェミニズム運動家である」(P(B))と6.「リンダは銀行員である」(P(A))の共通部分である。ゆえに、P(A)やP(B)よりP(A∩B)の確率の方が大きくなることはあり得ないのだ。しかし、人間はこのような誤りを犯しがちである。
2.基準比率の無視
人は、特定カテゴリーの中で代表的・典型的であると思われる事項の確率を過大評価しやすい。このヒューリスティックを「代表性ヒューリスティック」といい、それに由来する認知バイアスに「基準比率の無視」がある。同じく『行動意思決定論‐バイアスの罠』からの引用で、以下の問いを読み、a.~e.の選択肢から妥当と思われるものを選んでみてほしい。
問.リサは33歳で、初めての妊娠中である。彼女はこれから生まれてくる子供がダウン症のような障碍を持っていないかを心配している。主治医は、「あなたの年齢の母親から生まれてくる子供がダウン症になる確率は1/1000しかないのだから、あまり心配する必要はない」と言っている。しかし、たとえ確率がわずかでも心配が晴れないので、胎児がダウン症であるかどうかを出生前に検診できるトリプルマーカー検査を受けることに決めた。この検査はまずまずの精度を持っており、胎児がダウン症を持っている場合は、86%の確率で陽性反応を示す。ただし、この検査はまれに擬陽性を示すことがあり、生まれてくる子供がダウン症でなくても、5%の確率で誤って陽性反応が出てしまう。リサが検査を受けたところ、結果は陽性であった。この検査結果から、リサの子供がダウン症を持って生まれてくる確率を以下の選択肢から選べ。
a. 0% ~ 20%
b. 21% ~ 40%
c. 41% ~ 60%
d. 61% ~ 80%
e. 81% ~ 100%
実験では、大多数の人が、リサの子供がダウン症である確率はかなり高いと見積もった。しかし、これは誤りである。リサの子供がダウン症である確率を計算で求めてみよう。問題の要点は以下のとおりである。
1.子供がダウン症を持っている場合は、86%の確率で陽性反応を示す。
2.子供がダウン症でなくても5%の確率で陽性反応が出る。
3.子供がダウン症になるのは、1,000人に1人の割合。
乗法定理(P(AB)=P(B│A)P(A))より、子供がダウン症であり、かつ陽性である確率は、
0.86×0.001=0.00086
子供がダウン症でなく、かつ陽性である確率は、
0.05×(1‐0.001)= 0.04995
ゆえに、陽性の子供が本当にダウン症である確率は、
0.00086/(0.00086+0.04995)、
つまり1.69%に過ぎないのである。
これをディシジョン・ツリーで表すと下図のようになる。
人は目にとまりやすい、二番目のツリーにあるような確率に引きずられ、最初の確率ノードにある確率(基準比率)を無視してしまいがちなのである。
3.少ないサンプルの予測力の過小評価
これは”Negotiation Analysis”に取り上げられている例である。ミシガン大学の心理学者、ワード・エドワーズは、以下の問題を提示し、多くの人の確率的証拠に対する直感的反応を調査している。以下の問いを読み、手元の袋がほとんど緑玉の袋(GB)である確率を考えてみてほしい。
問.同じ種類の袋が二つある。一つの袋(GB)には緑玉が70個、白玉が30個入っており、もう一つの袋(WB)には白玉が70個、緑玉が30個入っている。どちらか一方の袋から、無作為に12個の玉を連続で取り出すとする。玉は取り出すごとに袋に戻されるので、袋の中の玉の数は常に100個である。今、あなたは緑玉を8個、白玉を4個取り出した。この時、手元にある袋がほとんど緑玉の袋(GB)である確率はどの位だと思うか?
実験結果は、大多数の人が、50%の確率であると見積もった。ライファの統計学の授業の学生でさえ、見積もった確率は概ね70%であったという。では、袋がGBである確率を計算で求めてみよう。「緑玉を8個、白玉を4個取り出した」という事象をAとする。尤度はそれぞれ、ほとんど緑玉の袋(GB)がP(A│GB)、ほとんど白玉の袋(WB)がP(A│WB)である。どちらかの袋である確率は共に1/2であるので、比較の上では無視できる。この時、袋がGBで、かつ事象Aが起こる確率は、
P(A│GB)=(0.7)8・(0.3)4
袋がWBで、かつ事象Aが起こる確率は、
P(A│WB)=(0.3)8・(0.7)4
よって、GBである確率は、
P(A│GB)/( P(A│GB)+ P(A│WB))= 0.000466949/ 0.000482702
つまり96.7%なのである。
100個中、わずか12個のサンプルで、ほとんど緑の袋である確率は96.7%となった。しかし、人は直感的に、少ないサンプルによる予測力を過小評価する傾向がある。
参考:
マックス・H. ベイザーマン著、『行動意思決定論‐バイアスの罠』(白桃書房)
Howard Raiffa John Richardson David Metcalfe(2002)Negotiation Analysis: The Science and Art of Collaborative Decision Making
涌井貞美著、『図解・ベイズ統計「超」入門』(サイエンス・アイ新書)
窪田 恭史氏
ナカノ株式会社 取締役副社長
日本繊維屑輸出組合理事
日本交渉協会燮会幹事
日本筆跡心理学協会、筆跡アドバイザーマスター
早稲田大学政治経済学部卒。
アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)における
コンサルティングおよび研修講師業務を経て、衣類のリサイクルを85年手がけるナカノ株式会社に入社。
現在、同社取締役副社長。
2012年、交渉アナリスト1級取得。
日本交渉協会燮会幹事として、交渉理論研究を担当。
「交渉分析」という理論分野を日本に紹介、交渉アナリスト・ニュースレターにて連載中。
その他のレクチャー