窪田恭史氏による交渉学Web講座

決定分析(9)-効用理論に戻れ(2)-

NPO法人日本交渉協会理事 窪田恭史

2.ディシジョン・ツリーの階層構造

下のQ3、Q4について見てみよう。期待効用理論で考えれば、AとB、CとDの確率的利得の比率は、共に16:15である。つまり、選択されるのはAとC、BとDのいずれかであるのが合理的である。そして、期待値はAとCがいずれも高いので、AとCが合理的選択となる。ところが、実験結果はBとCであり、しかもQ3では80%という圧倒的比率でBが選ばれた。考えられるのは、Q3については前回同様、損失回避性により確実な方が選ばれたということ、Q4についてはどちらも当たる確率が低く、両者の確率の差も大きくないので、そうであれば金額の大きい方に賭けてみようというものだ。


【Q3】

【Q3】

【Q4】

【Q4】


【図1】は、Q4のディシジョン・ツリーである。□は決定ノード、〇は自然の選択により確率的に結果が決まる。つまり、意思決定者が自分の意思で選択できるのは、最初の決定ノードの部分だけである。


【図1】Q4のディシジョン・ツリー

【図1】Q4のディシジョン・ツリー


このツリーを図2のように書き換えてみる。今度は決定ノードより先に確率ノードが来ているが、Q4において、CとDいずれを選択した場合であっても、少なくとも3/4の確率で外れ(利得0円)となる。従って、意思決定者が決定を行わなければならない状況になる(つまり図2の決定ノードに進む)確率は1/4である。この1/4の確率で意思決定者がDを選択すれば30万円が得られ、Cを選択すれば、さらに4/5の確率(つまり合計1/5の確率)で40万円が得られる。しかし、Cの場合は1/5の確率(合計1/20の確率)で外れの可能性もある。


【図2】Q4のディシジョン・ツリー②

【図2】Q4のディシジョン・ツリー②


重要なのはここからである。図2を見ると、ディシジョン・ツリーの下位の木、赤い点線で囲まれた部分は、Q3のディシジョン・ツリーと同じなのである。図2において、最初の確率ノードは自然の選択であるので、意思決定者の選択は介在しない。3/4の確率で0円となれば、自動的にそこで終了である。つまり、Q4において選択を行うには、1/4の確率で赤点線枠内の決定ノードに進むことが条件なのだ。ということは、Q3とQ4の意思決定は同じものなのである。同一の決定であれば、選択はAとC、BとDのいずれかでなければならない。Q3では圧倒的比率でBが選択され、しかも同一の決定であるはずなのにQ4ではCが選択され、しかもその割合がQ3に比べると65%と控えめであるのは、明らかに不合理なのだ。

3.共通比率効果

今度は以下のQ5、Q6でそれぞれどちらを選択するだろうか?


【Q5】

【Q5】

【Q6】

【Q6】


期待効用理論では、Q5のAとBの期待値は共に27万円、Q6のCとDの期待値は共に600円、つまりいずれも無差別である。ところが実験結果は、Q5では圧倒的多数の86%がBを選択し、Q6でもやはり多数がCを選択した。これまでのように、Q5におけるBの選択の理由が損失回避性にあるのであれば、Q6ではDが選択されないのか?カーネマンらによれば、その理由は確率があまりに低いので、人はその違いを無視しがちだというものである。これを「共通比率効果」といい、前節のQ4についても当てはまる。


 

参考:
M. Grauer et al. (eds.) (1985) Plural Rationality and Interactive Decision Processes, p.100-113 “Back from Prospect Theory to Utility Theory”


窪田 恭史氏

ナカノ株式会社 取締役副社長
日本繊維屑輸出組合理事
日本交渉協会燮会幹事
日本筆跡心理学協会、筆跡アドバイザーマスター

早稲田大学政治経済学部卒。
アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)における
コンサルティングおよび研修講師業務を経て、衣類のリサイクルを85年手がけるナカノ株式会社に入社。
現在、同社取締役副社長。
2012年、交渉アナリスト1級取得。
日本交渉協会燮会幹事として、交渉理論研究を担当。
「交渉分析」という理論分野を日本に紹介、交渉アナリスト・ニュースレターにて連載中。

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Q3’、Q4’は、Q3、Q4の利得を損失に変えたものであることが分かる。Q4’の方は損失の期待値がやや低いDを選択した方がわずかに多かったので、これは期待効用理論の観点からも理解できる。問題はQ3’の方である。Aの方が損失の期待値がわずかに大きいが、それにもかかわらず圧倒的多数の92%がAを選んだのである。これはどういうわけであろうか?カーネマンらの説明によれば、人は損失を嫌う、したがって、確実な損失を回避するため、リスクをとる傾向にあるというものである。

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期待効用理論で考えれば、AとB、CとDの確率的利得の比率は、共に16:15である。つまり、選択されるのはAとC、BとDのいずれかであるのが合理的である。そして、期待値はAとCがいずれも高いので、AとCが合理的選択となる。ところが、実験結果はBとCであり、しかもQ3では80%という圧倒的比率でBが選ばれた。考えられるのは、Q3については前回同様、損失回避性により確実な方が選ばれたということ、Q4についてはどちらも当たる確率が低く、両者の確率の差も大きくないので、そうであれば金額の大きい方に賭けてみようというものだ。

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決定分析(9)-効用理論に戻れ(1)-

ライファはカーネマンやトヴェルスキーの主張するプロスペクト理論を否定してはいない。期待効用理論が現実の人間行動を上手く記述できないことも認めており、”Negotiation Analysis”の中でも行動意思決定論の研究成果をしばしば取り上げている。それでもライファは、より良い意思決定を行う手法として期待効用理論は依然として有用であると考えており、1985年に”Back from Prospect Theory to Utility Theory”という論文を著している。交渉分析において、交渉相手の行動や戦略を記述的に説明したり予測したりするには、行動意思決定的分析が優れており、その上で交渉当事者が意思決定の処方を下すための規範を示すのには従来の決定分析が優れていると、それぞれ役割が異なるとライファは考えていた。

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前回述べたように、期待効用理論は現実の人間の行動を説明するものではないとする批判も多い。その先鞭ともいえるのが、「アレのパラドックス」である。1988年にノーベル賞を受賞した、経済学者のモーリス・アレは、1953年にニューヨークで行われた会議において、以下のような実験を行い、実際の人間が期待効用理論には従わないということを示した。

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経済学者のフランク・ナイトによれば、リスクとは「確率が分かっている不確実性」を言い、確率が分からない真の「不確実性」とは区別する。代替案にリスクがある場合、その代替案がどのような結果となるかは、確率的にしか分からない。起こる結果の価値分析の方法には、「定性的順序」、「貨幣価値」(EMV)、「望ましさの価値」(EDV)、「効用価値」(EUV)の四つがある。

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決定分析(6)-等価交換-

ミラーは帰結表を作り直す(表1)。表を眺めると、3つの代替案については通勤時間がほぼ同じであることが分かる。バラノフの通勤時間が等価交換で25分になれば、代替案すべての通勤時間は同じになり、目的から外すことができる(これは期待効用理論における独立性の公理と同じ考え方である)。ミラーは、バラノフの通勤時間の増加分をクライアントへのアクセスの8%の増加で埋め合わせることができると決定する。慎重に検討した結果、彼は交換を行い、通勤時間を無意味にする。

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決定分析(5)-等価交換-

意思決定において、すべての目的を同時に達成できればよいが、常にそのようにできるとは限らない。その場合、目的間でトレードオフを行い、いかに妥協をするかを考えなければならない。しかし、トレードオフを行うのは容易ではない。トレードオフを難しくしている要因には、以下のようなものが挙げられる。