窪田恭史氏による交渉学Web講座

決定分析(6)-等価交換-

NPO法人日本交渉協会理事 窪田恭史

3.等価交換

ミラーは帰結表を作り直す(表1)。表を眺めると、3つの代替案については通勤時間がほぼ同じであることが分かる。バラノフの通勤時間が等価交換で25分になれば、代替案すべての通勤時間は同じになり、目的から外すことができる(これは期待効用理論における独立性の公理と同じ考え方である)。ミラーは、バラノフの通勤時間の増加分をクライアントへのアクセスの8%の増加で埋め合わせることができると決定する。慎重に検討した結果、彼は交換を行い、通勤時間を無意味にする。

【表1:等価交換①】

【表1:等価交換①】


次にミラーは、月家賃と二回の等価交換でオフィス・サービスを目的から削除する(表2)。ロンバードのサービスレベルを基準とし、彼は家賃200ドルの増加をバラノフのサービスレベルがBへ格上げされるのと同等と見なしている。同じくモンタナの家賃100ドルの節約をサービスレベルBへの格下げと同等と見なす。等価交換を行い、ミラーはバラノフが最早ロンバードより劣位にあり、削除できることに気付く。このように、等価交換を行う中で、常に以前には存在していなかった優位性を創造することを追求し、代替案を削除できるようにすることが重要である。

【表2:等価交換②】

【表2:等価交換②】


バラノフを削除した結果、ロンバードとモンタナだけが残る(表3)。両者は通勤時間とサービスで同点であり、比較対象の目的は3つだけである。ミラーは、次にオフィスの大きさと月額家賃との間で等価交換を行う。700平方フィートのロンバードのオフィスはきっと窮屈だろうと考え、彼はモンタナの追加の250平方フィートは月額250ドルと同等と見なしている。その交換はオフィスの大きさという目的を相殺し、残る目的(月額家賃とクライアントへのアクセス)の両方でモンタナが優位となり、モンタナが望ましい最も代替案であることが判明する。

【表3:等価交換③】

【表3:等価交換③】


4.等価交換を行うコツ

トレードオフの本質は、異なる帰結の相対的価値を決めることである。上記の例で見たように、「等価交換」法は主観的判断を必要とする。しかし、ある帰結の価値と別の帰結の価値をどれ位の値で交換するかを決めるのは、現実には容易なことではない。ハモンド、キーニー、ライファは、「等価交換」法を行う上でのコツとして、以下の6つを挙げている。あくまで専門的な用語を使わずに説明しているが、つぶさに読めば、そこで言われていることは合理的意思決定を行うための様々な条件や原則であることが分かる。言い換えれば、今後の交渉分析の議論を理解するのに必要な要素を分かりやすく述べたものと言うこともできるのだ。ここに、”Smart Choices”がいかに画期的な意思決定の書であったかを垣間見ることができる。

①簡単な交換を先に行う
例えば、航空会社の選択で、運賃とマイルの交換は簡単に比較できるであろう。しかし、安全履歴と出発時間を交換することは、はるかに難しい。その場合、運賃とマイルの交換を先に行うべきである。

②認識された目的の重要性ではなく、交換の量に集中する
仮に給料が休暇よりも重要だったとしても、すべての代替案の給料が同じで、休暇は非常に多様であるとしたら、休暇という目的は給料という目的より比較の上では重要だろう。等価交換を行う時は、問題となっている目的の重要性にではなく、量の重要性に集中することが重要である。これは期待効用理論の「独立性の公理」と同じである。

③開始点に基づいて、増やした交換を評価する
例えば、700平方フィートのオフィスに300平方フィート加えることは、窮屈か快適かの違いを生む。だが、十分広い1,000平方フィートのオフィスに300平方フィート加えることの価値はほとんどないかもしれない。これは「選好強度」という考え方である。

④一貫性のある交換を行う
交換するものの価値は相対的であるが、交換そのものは論理的に一貫しているべきである。もしAをBと交換し、BをCと交換するなら、AとCも交換できるはずである。折に触れ、交換の一貫性をチェックしてほしい。これは推移性という、合理的意思決定の大原則である。

⑤情報に基づいた交換を行うため、情報を求める
帰結の間の交換は主観的判断を必要とするが、その判断は確かな情報と分析によって強化することができる。即ち、情報は不確実性の程度を低くする。できる限り客観的であることが望ましいが、意思決定を行うために主観的判断も容認するというのは、後述するベイズ的意思決定の考え方に通じる。

⑥習うより慣れよ
等価交換の方法論は多少の慣れが必要である。適切な交換を決定するのは決して簡単ではない、注意深い判断を必要とする。しかし、等価交換の最大便益は、トレードオフの価値を合理的に、測定できる方法で考え抜かせることと言える。結局、それが賢い選択を行う秘訣である。良く考え抜かれた判断を繰り返すことで、意思決定の質を上げていく。これもライファらベイズ論者に共通する考え方である。

 

参考:
John S. Hammond、Ralph L. Keeney、Howard Raiffa、”Even Swaps_ A Rational Method for Making Trade-offs” Harvard Business Review March-April, 1998

窪田 恭史氏

ナカノ株式会社 取締役副社長
日本繊維屑輸出組合理事
日本交渉協会燮会幹事
日本筆跡心理学協会、筆跡アドバイザーマスター

早稲田大学政治経済学部卒。
アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)における
コンサルティングおよび研修講師業務を経て、衣類のリサイクルを85年手がけるナカノ株式会社に入社。
現在、同社取締役副社長。
2012年、交渉アナリスト1級取得。
日本交渉協会燮会幹事として、交渉理論研究を担当。
「交渉分析」という理論分野を日本に紹介、交渉アナリスト・ニュースレターにて連載中。

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人の認知は確率判断が苦手である。今回は、確率判断における認知バイアスとして、「連言錯誤」、「基準比率の無視」、「少ないサンプルの予測力の過小評価」を取り上げる。

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従来の期待効用理論を批判する形で起こった「プロスペクト理論」、およびそれを土台として発展した行動経済学は今や隆盛を極めている。カーネマンが「損失回避の概念は行動経済学に対する心理学の重要な貢献である」と述べているように、行動経済学の中核概念は、利得よりも損失を避けようとする人間の心理傾向、「損失回避性」であるが、この損失回避性については、近年批判も出始めている。

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決定分析(9)-効用理論に戻れ(3)-

Q3’、Q4’は、Q3、Q4の利得を損失に変えたものであることが分かる。Q4’の方は損失の期待値がやや低いDを選択した方がわずかに多かったので、これは期待効用理論の観点からも理解できる。問題はQ3’の方である。Aの方が損失の期待値がわずかに大きいが、それにもかかわらず圧倒的多数の92%がAを選んだのである。これはどういうわけであろうか?カーネマンらの説明によれば、人は損失を嫌う、したがって、確実な損失を回避するため、リスクをとる傾向にあるというものである。

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決定分析(9)-効用理論に戻れ(2)-

期待効用理論で考えれば、AとB、CとDの確率的利得の比率は、共に16:15である。つまり、選択されるのはAとC、BとDのいずれかであるのが合理的である。そして、期待値はAとCがいずれも高いので、AとCが合理的選択となる。ところが、実験結果はBとCであり、しかもQ3では80%という圧倒的比率でBが選ばれた。考えられるのは、Q3については前回同様、損失回避性により確実な方が選ばれたということ、Q4についてはどちらも当たる確率が低く、両者の確率の差も大きくないので、そうであれば金額の大きい方に賭けてみようというものだ。

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決定分析(9)-効用理論に戻れ(1)-

ライファはカーネマンやトヴェルスキーの主張するプロスペクト理論を否定してはいない。期待効用理論が現実の人間行動を上手く記述できないことも認めており、”Negotiation Analysis”の中でも行動意思決定論の研究成果をしばしば取り上げている。それでもライファは、より良い意思決定を行う手法として期待効用理論は依然として有用であると考えており、1985年に”Back from Prospect Theory to Utility Theory”という論文を著している。交渉分析において、交渉相手の行動や戦略を記述的に説明したり予測したりするには、行動意思決定的分析が優れており、その上で交渉当事者が意思決定の処方を下すための規範を示すのには従来の決定分析が優れていると、それぞれ役割が異なるとライファは考えていた。

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決定分析(8)-期待効用理論に対する批判-

前回述べたように、期待効用理論は現実の人間の行動を説明するものではないとする批判も多い。その先鞭ともいえるのが、「アレのパラドックス」である。1988年にノーベル賞を受賞した、経済学者のモーリス・アレは、1953年にニューヨークで行われた会議において、以下のような実験を行い、実際の人間が期待効用理論には従わないということを示した。

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決定分析(7)-リスク下の意思決定-

経済学者のフランク・ナイトによれば、リスクとは「確率が分かっている不確実性」を言い、確率が分からない真の「不確実性」とは区別する。代替案にリスクがある場合、その代替案がどのような結果となるかは、確率的にしか分からない。起こる結果の価値分析の方法には、「定性的順序」、「貨幣価値」(EMV)、「望ましさの価値」(EDV)、「効用価値」(EUV)の四つがある。

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ミラーは帰結表を作り直す(表1)。表を眺めると、3つの代替案については通勤時間がほぼ同じであることが分かる。バラノフの通勤時間が等価交換で25分になれば、代替案すべての通勤時間は同じになり、目的から外すことができる(これは期待効用理論における独立性の公理と同じ考え方である)。ミラーは、バラノフの通勤時間の増加分をクライアントへのアクセスの8%の増加で埋め合わせることができると決定する。慎重に検討した結果、彼は交換を行い、通勤時間を無意味にする。

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決定分析(5)-等価交換-

意思決定において、すべての目的を同時に達成できればよいが、常にそのようにできるとは限らない。その場合、目的間でトレードオフを行い、いかに妥協をするかを考えなければならない。しかし、トレードオフを行うのは容易ではない。トレードオフを難しくしている要因には、以下のようなものが挙げられる。