窪田恭史氏による交渉学Web講座

決定分析(11)-ベイズの定理-

NPO法人日本交渉協会理事 窪田恭史

ある事象Aが起こったという条件のもとでの事象Bの確率(条件付き確率)が成り立つ定理を「ベイズの定理」といい、18世紀の数学者、トーマス・ベイズによって示され、その後、ラプラスによって再発見・発展した。意思決定論とは、ある情報を得て次にどの行動をとるのが最善かを決める理論のことであるが、その決定にベイズの定理を用いた意思決定をベイズ的意思決定という。

ライファは1957年、コロンビア大学からハーバード大学へ移った。そこでのキャリアのスタートは、ロバート・シュレイファー、ジョン・プラットとの統計的決定論の共同研究であった。『応用統計的決定論』(ライファとシュレイファー、1961)と『統計的決定論入門』(プラットら、1965)は、標準的な統計的問題にベイズ論的分析の基礎を与えたものである。つまりライファは早くからベイジアンだったのであり、必然的に”Negotiation Analysis”には、このベイズ論的な考え方が前提として置かれている。したがって、”Negotiation Analysis”を理解するには、まずベイズ理論の基本に触れておくことが欠かせない。涌井貞美著、『図解・ベイズ統計「超」入門』は数式を使わず、図解でベイズ理論の基本を分かりやすく解説している。以下、ベイズ的意思決定については、基本的に同書からの引用で話を進めていく。

初めに、ベイズの定理を理解す上での基本概念、「同時確率」、「条件付き確率」、「乗法定理」、「加法定理」について見ていこう。

1.同時確率<P(AB)>



事象Aかつ事象Bが起こる確率のことを「同時確率」という。例えば、ジョーカーを除くトランプの山から1枚引いた時に、カードがハートかつ絵札である確率。つまり、ハートかつ絵札の同時確率は3/52である。

2.条件付き確率<(B|A)>


事象Aが起こった時に、事象Bの起こる確率のことを「条件付き確率」という。例えば、抜いたカードがハートであった時に、絵札であるという条件付き確率は、3/13である。

3.乗法定理<P(AB)=P(B|A)P(A)>

AかつBが起こる確率=Aの下でBが起こる条件付き確率×Aの起こる確率


同時に起こる確率は、各々の確率の積になる。これを「乗法定理」という。例えば、ジョーカーを除くトランプの山から1枚引いた時に、カードがハートかつ絵札である確率。前述のように、ハートかつ絵札である確率は3/52であるが、これは分解すれば、カードがハートであった時に、絵札であるという条件付き確率、3/13とカードがハートである確率、13/52の積である。

4.加法定理<P(A∪B)=P(A)+P(B)>

AまたはBの起こる確率=Aの起こる確率+Bの起こる確率


AとBが同時に起こることがない(排反する)時、「加法定理」が成立するという。上図を見れば分かりやすいが、AとBが排反するのであれば、AまたはBの起こる確率はAの起こる確率+Bの起こる確率である。

5.ベイズの定理

「ベイズの定理」とは、簡単に言えばAの下でBが起こる条件付き確率をBの下でAが起こる条件付き確率との関係から表した定理である。乗法定理より、


である。P(AB)とP(BA)は同じことであるので、


即ち、Aの下でBが起こる条件付き確率は、P(A) > 0 のとき次が成り立つ。


これがベイズの定理である。今後の理解を容易にするため、Aを仮定(H)、Bを仮定から得られるデータ(D)と置き換える。


P(H)を事前確率、P(H│D)を事後確率、P(D│H)を尤度という。尤度とは、「もっともらしさ」という意味である。ベイズの定理は、意思決定者が情報を得る前の確率的推測(事前確率)が、情報を得た後にどのように更新されるか(事後確率)を示した定理であり、不確実性の意思決定における確率的推測で中心的役割を果たしている。


 

参考:
Ralph L. Keeney (2016) Remembering Howard Raiffa. Decision Analysis 13(3):213-218
涌井貞美著『図解・ベイズ統計「超」入門』(サイエンス・アイ新書)
上田泰著『文科系のための意思決定分析入門』(日科技連)
渡辺隆裕著『ゼミナール ゲーム理論入門』(日本経済新聞出版社)


窪田 恭史氏

ナカノ株式会社 取締役副社長
日本繊維屑輸出組合理事
日本交渉協会燮会幹事
日本筆跡心理学協会、筆跡アドバイザーマスター

早稲田大学政治経済学部卒。
アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)における
コンサルティングおよび研修講師業務を経て、衣類のリサイクルを85年手がけるナカノ株式会社に入社。
現在、同社取締役副社長。
2012年、交渉アナリスト1級取得。
日本交渉協会燮会幹事として、交渉理論研究を担当。
「交渉分析」という理論分野を日本に紹介、交渉アナリスト・ニュースレターにて連載中。

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決定分析(10)-損失回避性批判(2)-

科学とは「コンセンサスを通じて科学的真実を定義する、本質的に社会的なプロセス」であり、証拠は主観的世界観、あるいは科学者がある時点で受け入れている信念に照らして評価される。クーンはそのような科学を「正常科学」と呼び、「一つまたはそれ以上の過去の科学的成果、ある特定の科学界がさらなる実践の基盤を提供するものとして、一時的に認めている成果に基づいた研究」と定義している。この「成果」をクーンは「パラダイム」と呼び、科学界で採用されるには、その他の科学研究領域からの支持者を引き付けるため、前例がなく、研究者が探求し、パラダイムを構築するための未解決の問題を残していなければならないと主張している。

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決定分析(10)-損失回避性批判(1)-

従来の期待効用理論を批判する形で起こった「プロスペクト理論」、およびそれを土台として発展した行動経済学は今や隆盛を極めている。カーネマンが「損失回避の概念は行動経済学に対する心理学の重要な貢献である」と述べているように、行動経済学の中核概念は、利得よりも損失を避けようとする人間の心理傾向、「損失回避性」であるが、この損失回避性については、近年批判も出始めている。

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決定分析(9)-効用理論に戻れ(3)-

Q3’、Q4’は、Q3、Q4の利得を損失に変えたものであることが分かる。Q4’の方は損失の期待値がやや低いDを選択した方がわずかに多かったので、これは期待効用理論の観点からも理解できる。問題はQ3’の方である。Aの方が損失の期待値がわずかに大きいが、それにもかかわらず圧倒的多数の92%がAを選んだのである。これはどういうわけであろうか?カーネマンらの説明によれば、人は損失を嫌う、したがって、確実な損失を回避するため、リスクをとる傾向にあるというものである。

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決定分析(9)-効用理論に戻れ(2)-

期待効用理論で考えれば、AとB、CとDの確率的利得の比率は、共に16:15である。つまり、選択されるのはAとC、BとDのいずれかであるのが合理的である。そして、期待値はAとCがいずれも高いので、AとCが合理的選択となる。ところが、実験結果はBとCであり、しかもQ3では80%という圧倒的比率でBが選ばれた。考えられるのは、Q3については前回同様、損失回避性により確実な方が選ばれたということ、Q4についてはどちらも当たる確率が低く、両者の確率の差も大きくないので、そうであれば金額の大きい方に賭けてみようというものだ。

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決定分析(9)-効用理論に戻れ(1)-

ライファはカーネマンやトヴェルスキーの主張するプロスペクト理論を否定してはいない。期待効用理論が現実の人間行動を上手く記述できないことも認めており、”Negotiation Analysis”の中でも行動意思決定論の研究成果をしばしば取り上げている。それでもライファは、より良い意思決定を行う手法として期待効用理論は依然として有用であると考えており、1985年に”Back from Prospect Theory to Utility Theory”という論文を著している。交渉分析において、交渉相手の行動や戦略を記述的に説明したり予測したりするには、行動意思決定的分析が優れており、その上で交渉当事者が意思決定の処方を下すための規範を示すのには従来の決定分析が優れていると、それぞれ役割が異なるとライファは考えていた。

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決定分析(8)-期待効用理論に対する批判-

前回述べたように、期待効用理論は現実の人間の行動を説明するものではないとする批判も多い。その先鞭ともいえるのが、「アレのパラドックス」である。1988年にノーベル賞を受賞した、経済学者のモーリス・アレは、1953年にニューヨークで行われた会議において、以下のような実験を行い、実際の人間が期待効用理論には従わないということを示した。

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決定分析(7)-リスク下の意思決定-

経済学者のフランク・ナイトによれば、リスクとは「確率が分かっている不確実性」を言い、確率が分からない真の「不確実性」とは区別する。代替案にリスクがある場合、その代替案がどのような結果となるかは、確率的にしか分からない。起こる結果の価値分析の方法には、「定性的順序」、「貨幣価値」(EMV)、「望ましさの価値」(EDV)、「効用価値」(EUV)の四つがある。

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決定分析(6)-等価交換-

ミラーは帰結表を作り直す(表1)。表を眺めると、3つの代替案については通勤時間がほぼ同じであることが分かる。バラノフの通勤時間が等価交換で25分になれば、代替案すべての通勤時間は同じになり、目的から外すことができる(これは期待効用理論における独立性の公理と同じ考え方である)。ミラーは、バラノフの通勤時間の増加分をクライアントへのアクセスの8%の増加で埋め合わせることができると決定する。慎重に検討した結果、彼は交換を行い、通勤時間を無意味にする。

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決定分析(5)-等価交換-

意思決定において、すべての目的を同時に達成できればよいが、常にそのようにできるとは限らない。その場合、目的間でトレードオフを行い、いかに妥協をするかを考えなければならない。しかし、トレードオフを行うのは容易ではない。トレードオフを難しくしている要因には、以下のようなものが挙げられる。