窪田恭史氏による交渉学Web講座

決定分析(4)-PrOACT法-

NPO法人日本交渉協会理事 窪田恭史

2.目的(Object)

目的とは、意思決定で本当に達成しようとしているもののことである。人間は、記憶から簡単に呼び出すことができる情報に頼って判断してしまうという傾向がある。これを「利用可能性ヒューリスティック」という。しかし、より良い意思決定を行おうとするのであれば、情報の入手可能性や容易さによって目的を制限すべきでない。目的は、次の代替案を評価するフェーズの基礎となるので、極めて重要である。特に重要な意思決定を行う場合、深い自己分析を行わなければ、本当に大切な目的は浮かび上がってこない。

目的フェーズでは、意思決定を通じて対処したい全ての関心を書き出す。できれば関心は「~を…する」というような文体で簡潔に記すと良い。「何故~」と繰り返しながら、できるだけ多くの関心を列挙する。その関心が目的となる。

列挙された関心の内、あるものはより本質的な関心に従属していると言ったことが分かるだろう。一般的には、「何故~」を繰り返し、後で出てきたものの方がより基本的関心である可能性が高い。下図のような「バリュー・ツリー」を用い、基本的な目的とそれを達成するための手段としての目的を分離し、整理する。下図は簡単に記しているが、基本目的はそれが意味しているものをできるだけ具体的に表現した方が良い。

最後に、基本目的が自分の関心を本当に捉えているか、この目的で違和感がないかを確認する。

【オフィスを移転するバリュー・ツリー】

【オフィスを移転するバリュー・ツリー】


3.代替案(Alternative)

代替案とは、目的を追求する際の可能な選択の範囲を言う。当然であるが、代替案以上の選択を行うことはできない。従って、良い意思決定を行う上で、良い代替案を創出することは極めて重要である。代替案フェーズでは、判断や評価を保留し、できるだけ多くの代替案を柔軟に創出することが大事である。高い目標を持ち、制約条件がないものとして代替案を考える。そういう意味では、「価値焦点ブレインストーミング」が役に立つだろう。

目的フェーズが「何故~」と問うたのに対して、代替案フェーズでは「どのように?」と問い、基本目的を達成する手段目的、さらには手段目的を達成するための案を導き出す。代替案の創出には、第三者に意見を求めるのも良いが、まずは自分で考え、経験から学び、閃きも大切にする。閃きを得るには、「どのように?」を深く考え続け、時にはリラックスすることが必要である。

代替案の創出と整理には、下図のような「ディシジョン・ツリー」が役に立つ。余談であるが、決定論の講義にディシジョン・ツリーを持ち込んだのはライファであると言われており、今やそれは意思決定を学ぶ上でのスタンダードになっている。回顧録によれば、ライファは学生から「ミスター・ディシジョン・ツリー」と呼ばれていたそうである。

【オフィスを移転するディシジョン・ツリー】

【オフィスを移転するディシジョン・ツリー】


4.帰結(Consequence)

帰結フェーズでは、創出した代替案がどのように目的を満たしているかを記述する。まず、創出した代替案から、明らかに他と比べて劣る代替案を削除する。残った代替案を、下図のような「帰結表」というマトリックスにまとめる。帰結の尺度には共通の尺度を用いる。下図で言えば、例えば通勤時間であれば分、顧客へのアクセスであれば件数、オフィスのサービスであれば、あらかじめ定めた評価基準に基づきA~Cというように。次のトレードオフ・フェーズで比較を容易にするため、同じ通勤時間であるのに「分」、「時間」、「近い」など異なる尺度で記述しないことである。

目的フェーズでのバリュー・ツリーを横軸、代替案フェーズでのディシジョン・ツリーを縦軸に組み合わせ、そこに共通の尺度に基づく帰結を記入すると「帰結表」が完成する。

【オフィスを移転する帰結表】

【オフィスを移転する帰結表】


次は、この「帰結表」からいかに合理的に最適な代替案を選択するかという、決定の核心ともいえる「トレードオフ」のフェーズに入る。このトレードオフについては、ハモンドが「等価交換」(Even Swap)法という画期的な手法を開発し、1998年、ハーバードビジネスレビューで発表している。次回はその「等価交換」法について見ていこう。

 

参考:
John S. Hammond、Ralph L. Keeney、Howard Raiffa、”Smart Choices”、
ジョン・S. ハモンド、ハワード ライファ、ラルフ・L. キーニーt著、『意思決定アプローチ-分析と決断』(ダイヤモンド社)
John S. Hammond、Ralph L. Keeney、Howard Raiffa、”Even Swaps_ A Rational Method for Making Trade-offs” Harvard Business Review March-April, 1998
Howard Raiffa、“Memoir: Analytical Roots of a Decision Scientist”
Robin Gregory、Robert T. Clemen、Terre Satterfield、Tom Stone、“Creative Decision Making”

窪田 恭史氏

ナカノ株式会社 取締役副社長
日本繊維屑輸出組合理事
日本交渉協会燮会幹事
日本筆跡心理学協会、筆跡アドバイザーマスター

早稲田大学政治経済学部卒。
アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)における
コンサルティングおよび研修講師業務を経て、衣類のリサイクルを85年手がけるナカノ株式会社に入社。
現在、同社取締役副社長。
2012年、交渉アナリスト1級取得。
日本交渉協会燮会幹事として、交渉理論研究を担当。
「交渉分析」という理論分野を日本に紹介、交渉アナリスト・ニュースレターにて連載中。

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決定分析(13)-確率判断における認知バイアス-

人の認知は確率判断が苦手である。今回は、確率判断における認知バイアスとして、「連言錯誤」、「基準比率の無視」、「少ないサンプルの予測力の過小評価」を取り上げる。

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ベイズの定理と直感的な推論がずれることの有名な例に、「モンティ・ホール問題」と呼ばれるパラドックスがある。モンティ・ホールとは、“Let‘s Make a Deal”というアメリカのバラエティ番組の司会者の名前であり、同番組を例にした以下のような問題である。読者は選んだドアを変えるだろうか?それとも、そのままにするだろうか?

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ある事象Aが起こったという条件のもとでの事象Bの確率(条件付き確率)が成り立つ定理を「ベイズの定理」といい、18世紀の数学者、トーマス・ベイズによって示され、その後、ラプラスによって再発見・発展した。意思決定論とは、ある情報を得て次にどの行動をとるのが最善かを決める理論のことであるが、その決定にベイズの定理を用いた意思決定をベイズ的意思決定という。

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決定分析(10)-損失回避性批判(2)-

科学とは「コンセンサスを通じて科学的真実を定義する、本質的に社会的なプロセス」であり、証拠は主観的世界観、あるいは科学者がある時点で受け入れている信念に照らして評価される。クーンはそのような科学を「正常科学」と呼び、「一つまたはそれ以上の過去の科学的成果、ある特定の科学界がさらなる実践の基盤を提供するものとして、一時的に認めている成果に基づいた研究」と定義している。この「成果」をクーンは「パラダイム」と呼び、科学界で採用されるには、その他の科学研究領域からの支持者を引き付けるため、前例がなく、研究者が探求し、パラダイムを構築するための未解決の問題を残していなければならないと主張している。

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従来の期待効用理論を批判する形で起こった「プロスペクト理論」、およびそれを土台として発展した行動経済学は今や隆盛を極めている。カーネマンが「損失回避の概念は行動経済学に対する心理学の重要な貢献である」と述べているように、行動経済学の中核概念は、利得よりも損失を避けようとする人間の心理傾向、「損失回避性」であるが、この損失回避性については、近年批判も出始めている。

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決定分析(9)-効用理論に戻れ(3)-

Q3’、Q4’は、Q3、Q4の利得を損失に変えたものであることが分かる。Q4’の方は損失の期待値がやや低いDを選択した方がわずかに多かったので、これは期待効用理論の観点からも理解できる。問題はQ3’の方である。Aの方が損失の期待値がわずかに大きいが、それにもかかわらず圧倒的多数の92%がAを選んだのである。これはどういうわけであろうか?カーネマンらの説明によれば、人は損失を嫌う、したがって、確実な損失を回避するため、リスクをとる傾向にあるというものである。

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決定分析(9)-効用理論に戻れ(2)-

期待効用理論で考えれば、AとB、CとDの確率的利得の比率は、共に16:15である。つまり、選択されるのはAとC、BとDのいずれかであるのが合理的である。そして、期待値はAとCがいずれも高いので、AとCが合理的選択となる。ところが、実験結果はBとCであり、しかもQ3では80%という圧倒的比率でBが選ばれた。考えられるのは、Q3については前回同様、損失回避性により確実な方が選ばれたということ、Q4についてはどちらも当たる確率が低く、両者の確率の差も大きくないので、そうであれば金額の大きい方に賭けてみようというものだ。

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決定分析(9)-効用理論に戻れ(1)-

ライファはカーネマンやトヴェルスキーの主張するプロスペクト理論を否定してはいない。期待効用理論が現実の人間行動を上手く記述できないことも認めており、”Negotiation Analysis”の中でも行動意思決定論の研究成果をしばしば取り上げている。それでもライファは、より良い意思決定を行う手法として期待効用理論は依然として有用であると考えており、1985年に”Back from Prospect Theory to Utility Theory”という論文を著している。交渉分析において、交渉相手の行動や戦略を記述的に説明したり予測したりするには、行動意思決定的分析が優れており、その上で交渉当事者が意思決定の処方を下すための規範を示すのには従来の決定分析が優れていると、それぞれ役割が異なるとライファは考えていた。

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決定分析(8)-期待効用理論に対する批判-

前回述べたように、期待効用理論は現実の人間の行動を説明するものではないとする批判も多い。その先鞭ともいえるのが、「アレのパラドックス」である。1988年にノーベル賞を受賞した、経済学者のモーリス・アレは、1953年にニューヨークで行われた会議において、以下のような実験を行い、実際の人間が期待効用理論には従わないということを示した。

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決定分析(7)-リスク下の意思決定-

経済学者のフランク・ナイトによれば、リスクとは「確率が分かっている不確実性」を言い、確率が分からない真の「不確実性」とは区別する。代替案にリスクがある場合、その代替案がどのような結果となるかは、確率的にしか分からない。起こる結果の価値分析の方法には、「定性的順序」、「貨幣価値」(EMV)、「望ましさの価値」(EDV)、「効用価値」(EUV)の四つがある。

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決定分析(6)-等価交換-

ミラーは帰結表を作り直す(表1)。表を眺めると、3つの代替案については通勤時間がほぼ同じであることが分かる。バラノフの通勤時間が等価交換で25分になれば、代替案すべての通勤時間は同じになり、目的から外すことができる(これは期待効用理論における独立性の公理と同じ考え方である)。ミラーは、バラノフの通勤時間の増加分をクライアントへのアクセスの8%の増加で埋め合わせることができると決定する。慎重に検討した結果、彼は交換を行い、通勤時間を無意味にする。

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決定分析(5)-等価交換-

意思決定において、すべての目的を同時に達成できればよいが、常にそのようにできるとは限らない。その場合、目的間でトレードオフを行い、いかに妥協をするかを考えなければならない。しかし、トレードオフを行うのは容易ではない。トレードオフを難しくしている要因には、以下のようなものが挙げられる。