窪田恭史氏による交渉学Web講座

決定分析(2)-価値焦点ブレインストーミング-

NPO法人日本交渉協会理事 窪田恭史

「三人寄れば文殊の知恵」という。英語でも同じような諺に” Two heads are better than one”というのがある。いずれも個人より集団思考の方が創造的で多くのアイデアを生み出せるという意味である。しかし、集団思考がかえって物事を多様な視点から批判的に評価する能力を欠落させる可能性がある。これを「グループシンク」という。グループシンクは、集団の凝集性が高い場合、外部と隔絶している場合、支配的なリーダーが存在する場合などに特に起こりやすいという。

このような集団思考の欠点を補うため、1960年にアレックス・F・オズボーンによって考案された、集団による創造性開発の技法が「ブレインストーミング」である。既に広く普及している技法なので、ご存知の方も多いと思う。先のグループシンクを回避するため、ブレインストーミングには以下の4つのルールが規定されている。

1.結論厳禁
2.自由奔放
3.質より量
4.結合改善

しかし、このブレインストーミング。実際にやってみたが期待するほど上手くいかないといった経験をされたことはないだろうか? 実は本来、アイデアを生み出す創造的技法であるはずのブレインストーミングも、以下の二つの要因により、その創造性が妨げられる恐れのあることが指摘されているのである。

1.問題の提示のみで、目的(何を達成したいか?)が不明確
2.聞き手の思考が話し手のアイデアにアンカリングされる恐れがある

「アンカリング」とは、先に与えられた情報が後の判断を制約してしまう心理現象をいう。前回のニュースレターを読まれた方はお気づきかもしれないが、「価値焦点思考」は、このブレインストーミングの欠点を補い、有効なものにするのにも役立つのである。

【価値焦点ブレインストーミングのプロセス】

【価値焦点ブレインストーミングのプロセス】


上図は、従来のブレインストーミングのプロセスに、価値焦点思考を挿入したものである。これを「価値焦点ブレインストーミング」と呼ぼう。従来のブレインストーミングは、問題の認識があり、初めから集団で代替案の創造を行う。これに対し、価値焦点ブレインストーミングは、集団で思考する前に、まず価値焦点思考のプロセスに従って、個人で目的を明確化し、代替案を創造するのである。そして、各人が持ち寄った代替案を元に、集団で従来のブレインストーミングのルールに則り、代替案を創造する。

集団で考えることの前に、個人で考えることのメリットとして、まず個人で考えるので他者の意見にアンカリングされない(上記、ブレインストーミングのデメリット2.を補う)、そして各人が代替案を持ち寄るので、ブレインストーミングのおける個人の寄与が明確になるということが挙げられる。そして、集団で考えるより先に個人で考えた方が、より多くの代替案を創造できることが分かっている。

【価値焦点思考のプロセス】

【価値焦点思考のプロセス】


価値焦点ブレインストーミングの個人思考の部分を、前回の価値焦点思考のプロセスに従って説明しよう。まず問題の認識があり、次に「価値の明確化」では、現在の決定で何を達成したいのか(目的≒価値)を考え、列挙する。「代替案の創造」では、一つ一つの目的ごとに解決する代替案を考え、さらには複数の目的を組み合わせた代替案もないか考えてみる。これを「密封式のコーヒーの蓋をデザインする」という問題で考えてみよう。

まず、密封式のコーヒーの蓋をデザインして何を達成したいのかを考える。その結果、

自転車の通勤者が、
1.コーヒーを飲む
2.こぼさないようにする
3.舌を火傷しないようにする

という3つの目的が浮かび上がった。これら3つの目的を組み合わせると、新たな問題は「自転車の通勤者が、こぼしたり、舌を火傷したりせずにコーヒーを飲めるようにすること」と定義できる。そこからさらに目的を深堀した結果、

4.運転中の不注意を避ける
5.事故原因とならない
6.保温
7.低コスト

といった4つの目的が浮かび上がった。こうして、この人は7つの目的を満たすような代替案を考えることになる。これはただ漠然と「密封式のコーヒーの蓋をデザインする」と言われ、考えるよりもはるかに多くの質の高い代替案を生み出すことができるであろう。

【MBAの学生を対象に行った実験結果】

【MBAの学生を対象に行った実験結果】

キーニーは、MBAの学生を対象に、彼らがインターンを行う際に追求する代替案を創造させる実験を行った。まず、全員に目的を挙げず、代替案を考えさせる。その結果、生み出された代替案の平均数は5.5個であった。次に学生を二つのグループに分け、一方には目的は挙げるが全体として代替案を考えさせた(上の例では、「密封式のコーヒーの蓋をデザインする」というように)。その結果新たに生み出された代替案は平均3.9個であった。もう一方には、個々の目的(上の例では7つの目的)ごとに代替案を考えさせた。その結果、後者のグループは平均5.7個の代替案を生み出した。つまり、目的を明確にして考えた結果、目的がなかった場合の2倍(5.5個から11.2個へ)の代替案を生み出すことができたのである。

明確に記されてはいないが、”Negotiation Analysis”における「統合型交渉」のテンプレート設計・評価は、この価値焦点ブレインストーミングと基本的に同じプロセスを辿っている。

 

参考:
Value-focused Brainstorming, Decision Analysis Vol9, No4, December 2012, pp.303-313

窪田 恭史氏

ナカノ株式会社 取締役副社長
日本繊維屑輸出組合理事
日本交渉協会燮会幹事
日本筆跡心理学協会、筆跡アドバイザーマスター

早稲田大学政治経済学部卒。
アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)における
コンサルティングおよび研修講師業務を経て、衣類のリサイクルを85年手がけるナカノ株式会社に入社。
現在、同社取締役副社長。
2012年、交渉アナリスト1級取得。
日本交渉協会燮会幹事として、交渉理論研究を担当。
「交渉分析」という理論分野を日本に紹介、交渉アナリスト・ニュースレターにて連載中。

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ライファはカーネマンやトヴェルスキーの主張するプロスペクト理論を否定してはいない。期待効用理論が現実の人間行動を上手く記述できないことも認めており、”Negotiation Analysis”の中でも行動意思決定論の研究成果をしばしば取り上げている。それでもライファは、より良い意思決定を行う手法として期待効用理論は依然として有用であると考えており、1985年に”Back from Prospect Theory to Utility Theory”という論文を著している。交渉分析において、交渉相手の行動や戦略を記述的に説明したり予測したりするには、行動意思決定的分析が優れており、その上で交渉当事者が意思決定の処方を下すための規範を示すのには従来の決定分析が優れていると、それぞれ役割が異なるとライファは考えていた。

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前回述べたように、期待効用理論は現実の人間の行動を説明するものではないとする批判も多い。その先鞭ともいえるのが、「アレのパラドックス」である。1988年にノーベル賞を受賞した、経済学者のモーリス・アレは、1953年にニューヨークで行われた会議において、以下のような実験を行い、実際の人間が期待効用理論には従わないということを示した。

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決定分析(6)-等価交換-

ミラーは帰結表を作り直す(表1)。表を眺めると、3つの代替案については通勤時間がほぼ同じであることが分かる。バラノフの通勤時間が等価交換で25分になれば、代替案すべての通勤時間は同じになり、目的から外すことができる(これは期待効用理論における独立性の公理と同じ考え方である)。ミラーは、バラノフの通勤時間の増加分をクライアントへのアクセスの8%の増加で埋め合わせることができると決定する。慎重に検討した結果、彼は交換を行い、通勤時間を無意味にする。

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決定分析(5)-等価交換-

意思決定において、すべての目的を同時に達成できればよいが、常にそのようにできるとは限らない。その場合、目的間でトレードオフを行い、いかに妥協をするかを考えなければならない。しかし、トレードオフを行うのは容易ではない。トレードオフを難しくしている要因には、以下のようなものが挙げられる。