交渉戦術~交渉戦術の基本の型
NPO法人日本交渉協会常務理事 望月明彦
今回は分配型交渉における交渉戦術について、その基本形を解説します。交渉戦術は様々にありますが、ここでは特に基本的な型だけを紹介します。
立場固定戦術 =自分の立場を絶対に変えずに相手に譲歩させる
譲歩戦術=上手に譲歩することにより有利な条件で合意する
善玉悪玉戦術=こちらが良い人と悪い人に分かれて演じ、合意をさそう
ショッピングリスト戦術=複数の交渉項目のうち本当に重要なものを隠して交渉する
おまけ戦術=合意の際に、ちょっとだけこちらに有利な条件を求める
「立場固定戦術」は、絶対に自分の主張を変えないという強気の戦術ですから、余程強いBATNAがあるなど、交渉が決裂しても構わないというときしか使えない戦術です。次の「譲歩戦術」は多くの交渉で見られるものです。譲歩を繰り返して合意を探る方法です。「善玉悪玉戦術」は刑事ドラマでお馴染みです。恐い刑事が犯人を脅す一方、優しい刑事が犯人を気づかい、心を揺さぶって自白させるという方法です。「ショッピングリスト戦術」は、複数の交渉項目がある場合、自分にとって重要な交渉項目を隠し、あたかも他の交渉項目が重要かのように装い、最終的に重要そうに見せかけた条件を相手に譲る代わりに、本当に重要だった交渉項目で有利な条件を得る方法です。最後の「おまけ戦術」は人が交渉の最後にちょっと多めに譲歩する傾向があることを利用したもので、合意する代わりにちょっとしたおまけ(こちらに有利なこと)を要求するものです。
交渉戦術を繰り出す前にやるべきこと
交渉戦術を知ると、これを使ってみたくなるのが人情です。しかし交渉戦術を繰り出す前にやらなければならないことがあります。それは、「交渉相手の留保点を探る」ことです。分配型交渉では自分と交渉相手の留保点の間で合意するわけですが、自分にとっては相手の留保点で合意するのが最も有利です。だから、交渉ではまず徹底的に質問をして、交渉相手の留保点を探ります。そして相手の留保点が見えてきたところで、その留保点で合意するように交渉戦術を選び、繰り出すのです。
交渉戦術を組み合わせる
ここでは、上述した交渉戦術の基本の型を、ある家族の交渉のなかで理解してみましょう。
あなたと妻の間には小学校3年生になる息子がいます。とても良い子ですが、何しろ机の上は散らかしっぱなしで、宿題もやらずに遊んでばかり。先日学校であった親子面談でも、整理整頓と宿題を家庭でもしっかり見て欲しいと先生に言われたばかりです。
ある日曜日のこと、息子の机はいつものように散らかりっぱなしです。あなたは整理整頓をさせたいと思いますが、素直に聞くとは思えません。そんなとき、息子が「友達と遊んでくる!」と言って野球のグローブをもって外へ出ようとしています。すかさず妻が厳しい口調で言いました。「まだ宿題終わってないじゃないの。宿題が終わるまで遊びに行かせないわよ!」息子は反発しています。「大丈夫だよ! ちゃんと帰ってきたら宿題やるよ!」妻は絶対に譲らないという態度を示しています。まさに「立場固定戦術」です。
そこへあなたが現れ、妻と息子にこう言います。「まぁまぁ、お母さんもそんなに怒らないで。きっと友達との約束があって行かないわけにはいかないんだろう?」あなたの優しい言葉に息子の心は揺さぶられます。分からず屋のお母さんに比べて、何て良いお父さんなんだ。「善玉悪玉戦術」です。息子はあなたの言うことを受け入れる準備ができました。
そしてあなたは息子に向かって続けます。「帰ってきたら、ちゃんと宿題をやるよね?」「もちろん帰ってきたらすぐに宿題やるよ。何なら2日分でもやるよ。」そしてあなたは言います。「そうか。じゃあ、遊びに行ってきて、帰ってきたらまずは机の上をきれいにして、それから宿題をやるんだぞ!」「分かったよ、お父さん!」あなたは宿題だけではなく一番気にしていた机の整理整頓まで約束させました。まさに「ショッピングリスト戦術」です。
実践で使える!交渉学の知識 ~「交渉しないという戦術をとる!」
交渉は必ずしも「今すべき」とは限りません。今は交渉しない、という戦術も一つの手です。ではどのようなときに交渉しないという戦術をとるのでしょうか? それは時間が経てばこちらに有利になることが分かっている場合です。ある企業同士が経営統合の交渉をしていたとします。時間が経つにつれて相手方の業績が悪くなることが推測できるのであれば、有利な条件を得るために、交渉をあえてせずに、相手が慌てて交渉を急ぎだすまで待ったほうが良いかもしれません。
覚えておきたい!交渉の心得 ~「譲歩の余裕をもって交渉を始めよ!」
交渉で条件を出すとき、ある程度譲歩できる余裕を持っておかなければ交渉が行き詰まることがあります。
ただ、譲歩するときに注意することがあります。それは譲歩幅を少しずつ小さくするということです。例えば、買い手に値下げを要求され、まずは1,000円値下げし、次にまた1,000円値下げし、さらに1,000円値下げし、と同額の値下げを続けてしまうと、交渉相手にこれ以上の値下げは無理だというメッセージを送れません。
そこで最初は大きめに2,000円の値下げをし、次に1,000円値下げし、次は300円、さらに50円、と下げ幅を小さくすることで、交渉相手はこちらがこれ以上の値下げはできないということを感じとってくれるわけです。ただし、そこで相手が合意してくれる価格はあなたがこの譲歩戦術を繰り出す前に想定した交渉相手の留保点であるべきです。
望月 明彦氏
望月公認会計士事務所代表
特定非営利活動法人 日本交渉協会常務理事
ディップ株式会社監査役 (東証1部上場)(現任)
アイビーシー株式会社監査役(東証1部上場)(現任)
日本公認会計士協会東京会 研修委員会 副委員長(2010~2014)
経済産業省コンテンツファイナンス研究会 委員(2002~2003)
早稲田大学政治経済学部卒。
監査法人トーマツを経て、慶応義塾大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)修了。
その後、上場企業の経営企画部長として資本政策の立案・実施、合弁会社の設立、各種M&Aなどを手掛ける。
さらに、アーンストアンドヤングの日本法人にて上場企業同士の経営統合のアドバイザー等を務める。
2010年より望月公認会計士事務所代表。日本交渉協会常務理事。
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