グローバル時代に求められる交渉術 平沢健一氏

中国人との交渉に勝つための対処法(Ⅲ)

NPO法人日本交渉協会特別顧問 平沢健一

前号までに(1)中国人との交渉の心構え(2)交渉に入る前のポイント(3)交渉の前提(4)交渉のポイントを述べてきた。
今号では(5)交渉終結のヒント(6)中国人との交渉術―まとめを説明したい。

(5)交渉終結のヒント

  1. 落とし所を決めておく
    行きあたりばったりではなく、落とし所を予め決めておく。「200言って100を取りたい」と言う中国側の計算だと思って、始めの要求を徹底して下げさせる。脇を固めて、最後のとどめの一手(人や物など)を用意する。
  2. 仲介役を用意する
    調停役で双方を立てる折衷案を用意することも考えたい。その場合は第三者を探してきて仲介役に立てる。相手より立場が上で公正で、その人の権威が双方から認められている人を予め決めておく。中国人の高級幹部に辞職を迫る時にもこうした配慮が有効だ。面子が効く関係でないと機能しない。
  3. クロージングはビジネスライクに
    討議の散漫を防ぐため、記録を取り、進み具合を実感していく。中国の交渉では、日中双方の二人の通訳が入るべきで、場合によっては相手の中国人通訳者に解決策を頼むケースもある。結論のタイミングが来たら、相手が明白な信号を送ってくるから普通は短くビジネスライクに徹したクロージングを図る。このタイミングや瞬間を察知できる能力を磨こう。
  4. キーワードは「功利的説得」
    最終決着は壮大な儀式とし、礼儀正しく行い、面子から始まりあらゆる手段を動員する。できれば中国側から結論を出させる事が有効だ。雛型契約書や交渉の最終目論見書を必ず作っておく。交渉の王道である「功利的説得」がキーワードで、相手の得をした部分を細かくわかりやすく説明し、相手が収穫できる成果を大いに取り上げてそれを強調する。
    それをわからせ、満足させ、譲歩させる。相手も感情的になることが多いから、冷静に証拠となるような図や表等で示すと混乱を避けることが可能だ。
  5. 「4ア精神」を貫徹する
    忍耐、忍耐、忍耐で途中からの譲歩はしない。最悪、最後の譲歩をする場合でも気前良くしてはいけない。中国では先例ができると変更は不可能だと思った方が良い。いずれにしても中国人との交渉では精神的強さだけではなく、肉体的スタミナが要求される。また論理的に打ち負かしても、人を打ち負かさない配慮も重要だ。交渉途中も中国と中国人の実情を知ることに好奇心を持とう。それが分かると交渉終結に効果的だ。あくまでも“焦らず、慌てず、侮らず、諦めず”の「4ア精神」の貫徹が重要だ。その後はビジネス談義を止めて、人間関係再構築の楽しい宴会に入る。中国語で3曲くらい歌えなくては宴席はリードできない。私はDVDで練習し中国の要人、友人に披露して喜ばれた。

(6)中国人との交渉術-まとめ

  1. 交渉は運動競技に似ているからゲームと思い、妥協を楽しむ。交渉結果に左右されない「良い関係作り」と思おう。
  2. 人と問題を切り離して考える。交渉者も人間であり、友好関係と実質問題を切り離して考える。また日本では権限のない人と交渉しても権限のある人に内容が伝わるが、中国ではまず伝わらない。だからこそ、素早く権限のある人を見つけて交渉する。
  3. 相手の背後に目を向け、立場ではなく利害を徹底的に追求し、そこに焦点を合わせる。論争だけでは関係を悪くし、解決が困難になる。立案と決定を分離し、互いの利益を探す。複雑な交渉ほど、慎重な利害分析が必要である。ただ、双方がwin-winの関係になれることはまれだ。
  4. くせ球を時々投げてくるから、自分も用意はしておく。基本的にはやり返してはいけない。違うテーマの時にやった方が良い。これは高等戦術だけに、感情を抑制し円熟味が問われる。
  5. 中国では強い者が勝つし、勝った方が正しいという考えが主流だ。価値に貪欲なものが勝つ。その為にありとあらゆる要求をしてくる。「ほどほどで良い」は通用しないと思い、日本と違って「出る杭は打たれてよい」と思って交渉に臨むことだ。
  6. 客観的な基準を明らかにし、事実について証拠を添えて説明する。恣意的に決めようとすると高くついてしまう。
  7. 交渉の場面の演習を行っておくと効果大だ。また交渉の最後は、前向きの発言で終えるようにする。この演習もやっておくと良い。
  8. 交渉力に自信がなかったら、信頼できる中国人に任せる。
  9. 中国人は中国で重要な交渉をしたがる。日本人はできるだけホーム(日本)で行い、アウェイ(中国)での交渉を避けた方が良い。
  10. 米国流の「原則立脚型交渉術」は中国に合わず「立場駆け引き型交渉」が多い。面子、関係、道理から関心へのステップ、歴史認識や原則、価値観が全く違うことをしっかり事前学習しておく。中国政府や行政の窓口は概してウソつきやいい加減な人も多いが、一般の中国人は実に親切で義理堅く、人のよい人が沢山いる。“違いを知り、違いを乗り越える”精神が肝要だ。

中国人はもろに原色で自分達を表現する。伝統的に異議を唱え、怒りをぶつけるし、自分が悪くても謝らない。納得のいかないことは譲らない。日本人のような品位や惻隠の情等は重視しない。中国語で「我行我素(ウォシンウォスー)」という言葉があるが、他人が何を言おうが「自分のやり方で」が鉄則だ。また「随心所欲(スイシンスオイ)」すなわち「すべてが自分の思い通り、心の欲するままに」が中心的な考えだから、それぞれが勝手に事を行い、主張する。世間体など全く気にしない。日本人は遠慮深く、物事を謙虚に語りたがる傾向が断然強い。世界で20年余り様々な国の人たちとビジネスをやって感じることは、国際ビジネスの“切った張った”の最前線ではこうした言動は誤解され、自分の立場を極端に悪くする。卑屈に語ることは止め、我々日本人はもっと誇りを持って21世紀のグローバルビジネスに対処していかねばならない。世界から日本を見るとこれほど素晴らしい国はない。ただこれまでのように豊穣に酔っていてはいけない。20年近い閉塞感が続く日本は今こそこの事実を知って世界に大きく飛び出していかねばならない。
これからは“自虐性を卒業して自信を取り戻した日本と、世界を知って謙虚さを身に付けた中国”になってほしいものだ。アジアや世界の良識ある人たちは、再び蘇る日本と中国に大きな期待を抱いているし、信頼できる日本人や中国人を待っている。

平沢 健一氏

G&Cビジネスコンサルタント代表
特定非営利活動法人 日本交渉協会 特別顧問

電子電機会社日本ビクター(JVC)で国内営業課長(高知県、和歌山県除き全県訪問)その後米国5年(テレビ営業部長、NY営業所長) 欧州10.5年販売現地法人経営(イタリア初代社長、全欧州担当)中国5年製造・販売13社統括会長-本社理事、建国50周年天安門招待、海南島ボアオ会議招待、全現法で黒字経営、業界初の直販、現金回収成功。世界56ヶ国業務で訪問、米国36州/全欧州/中国/アジアをほぼ訪問。徹底的な現場主義を貫き各国でシェアートップ商品、政・官・学・民の豊富な人脈ができた。
現在、G&C(グローバル&チャイナ)ビジネスコンサルタント代表、アジア立志塾共同代表、日本交渉協会特別顧問、中国最大の弁護士事務所など日中数社の顧問、日中関係学会顧問、3研究会主宰、経済産業省、経団連、早大、清華大、ジェトロ、日本商工会議所等多数講演。これまで約3000人の海外赴任前要員指導。

【主な著書】
「グローバル士魂商才」2014年、「グローバルリーダー養成オンデマンド講座(全6回)」2016年、株式会社トランスエージェント
『中国ビジネスハンドブック』日本在外企業協会、2008年、2009年、2010年
『中国ビジネス超入門−成功への扉を開ける−』産業能率大学出版部、2011年
『中国に入っては中国式交渉術に従え!』(共著)日刊工業新聞社、2013年
『中国穴場めぐり』(共著)日本僑報社、2014年
『アジアビジネス成功への道(グローバルからグローバル・アジアの時代へ)』産業能率大学出版部、2016年
『飛躍するチャイナ・イノベーション 中国ビジネス成功のアイディア10』(共著)中央経済社、2019年
『これからのグローバルビジネスの教科書~世界で戦える人材を目指して』産業能率大学出版部、2019年

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グローバル時代に求められる交渉術 平沢健一氏

アジアの時代に活躍できる日本人とは

ASEANはインドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ブルネイ、ベトナム、ラオス、ミャンマー、カンボジアの東南アジア10ヵ国が加盟し、本部はインドネシアのジャカルタだ。域内人口は約6億9千万人で、28ヵ国約5億人のEU(欧州連合)や、アメリカ・カナダ・メキシコの3ヵ国5億人弱のNAFTA(北米自由貿易協定)より多い。国連は、2030年には7億人を超え、2050年には7億7千万人になると予測している。経済成長も著しく過去10年間で域内総生産は約3倍に増加した。

グローバル時代に求められる交渉術 平沢健一氏

中国人との交渉に勝つための対処法(Ⅲ)

行きあたりばったりではなく、落とし所を予め決めておく。「200言って100を取りたい」と言う中国側の計算だと思って、始めの要求を徹底して下げさせる。脇を固めて、最後のとどめの一手(人や物など)を用意する。

グローバル時代に求められる交渉術 平沢健一氏

中国人との交渉に勝つための対処法(Ⅱ)

ほぼ中国の全省を廻っていろいろな地方の中国人と交渉してみて思うことは、彼らの交渉スタイルに惑わされてはいけないということだ。日本人、欧米人と比べて彼らの一方的な質問と要求の嵐に辟易した事が多かった。特にビジネス交渉ではなおさらだ。彼らの言っていることを辛抱して傾聴し、まずその中で誰が決定権者かを確り探ることが大切だ。

グローバル時代に求められる交渉術 平沢健一氏

中国人との交渉に勝つための対処法(Ⅰ)

中国人との交渉は極めて困難だといわれるのはなぜだろうか。米国、欧州人と長くビジネス上の交渉を繰り返した後中国に赴任し、このことを考え続けた。中国には中国語で書かれた外国人との交渉術指南書がたくさん存在する。また米国のディベートにそっくりな「討価環価」という駆け引きで交渉に勝つための訓練が彼方此方でなされている。広い中国をめぐって様々な場面で中国人と交渉を繰り返したが、彼らが実によく工夫していることに感心すると同時に、共通した特色があることに気付いた。

グローバル時代に求められる交渉術 平沢健一氏

EUの多様な国民性とネゴシエーション

アメリカに5年勤務した後、欧州で10.5年駐在し現地法人の経営にあたった。EUの統合が実現し、共通通貨のEUROが導入される前夜までそのヨーロッパに駐在した。この間、1989年のベルリンの壁崩壊では直ちに現場を訪問し、テレビ局のやぐらの上から壁を見渡すことができ、歴史の大転換を感じた。また東欧各国が自立していく様を目の当たりにし、ソ連崩壊と12のロシア共和国が生まれた中で多くのスラブの国々を訪問し、モスクワ事務所を立ち上げ、ポーランド、ハンガリ-、チェコ等の販売会社を設立していった。結局モザイクのように美しい欧州でラテン、ゲルマン(アングロサクソン)、スラブ民族という異文化の人たちとビジネス交渉を重ねることができた。これはかけがえのない経験であり、アイスランドとユーゴスラビア以外の欧州の国を訪問した。そのEUが今設立以来の危機に瀕している。

グローバル時代に求められる交渉術 平沢健一氏

自らの殻を破って国内から海外に挑戦した異文化経験での交渉力 (米国編)

アメリカには黒人、中南米人、アジア人やアフリカ人など多彩な人種が世界から来て共存している。アメリカ人のフロンティア・スピリットは、こうした多様な人達との交流を通して、1ヶ所に定住することなく新しい土地へ移っていく考えから生じたもののようだ。このいとも簡単に地理的に移るという考えが、職業的にも簡単にジョブホッピングする考えに共通する。アメリカの履歴書はよく複雑な方が良いといわれる。能力があるから他の会社から引っ張られたという事が勲章になる。一旦、他の会社から引っ張られて辞めたマネージャーが再度就職を希望してきたのには驚いた。

グローバル時代に求められる交渉術 平沢健一氏

自らの殻を破って国内から海外に挑戦した異文化経験での交渉力

日本国内15年間の営業活動で殆どの県を訪問した後、突然米国勤務を命じられた。1982年の事で、折しも米国のドイツユダヤ系社会学者でハーバード大学教授エズラ・ヴォーゲルの「Japan as No.1」がベストセラーとなっていた。ヴォーゲルは日本語と中国語を話し、中国名で傳高儀という名前も持っている東アジア研究の大家で異文化理解と交渉力に秀でた人であり今も健在だ。貪るようにこの本を読んで米国ビジネスに飛び込んで行った。彼は日本の教育水準の高さや犯罪の少なさや長生きや健康状態など総合的に見て日本の組織力を絶賛している。

グローバル時代に求められる交渉術 平沢健一氏

「性善説」の良さを残して「性悪説」も確り学ぼう 東の「韓非子」・西の「マキャベリ」

2008年のリーマンショックに続く世界同時不況から、中国をはじめとした新興国が台頭してきた中、20年来低下してきた日本の存在感が一段と落ち始めてきている。