グローバル時代に求められる交渉術 平沢健一氏

EUの多様な国民性とネゴシエーション

NPO法人日本交渉協会特別顧問 平沢健一

アメリカに5年勤務した後、欧州で10.5年駐在し現地法人の経営にあたった。EUの統合が実現し、共通通貨のEUROが導入される前夜までそのヨーロッパに駐在した。この間、1989年のベルリンの壁崩壊では直ちに現場を訪問し、テレビ局のやぐらの上から壁を見渡すことができ、歴史の大転換を感じた。また東欧各国が自立していく様を目の当たりにし、ソ連崩壊と12のロシア共和国が生まれた中で多くのスラブの国々を訪問し、モスクワ事務所を立ち上げ、ポーランド、ハンガリ-、チェコ等の販売会社を設立していった。結局モザイクのように美しい欧州でラテン、ゲルマン(アングロサクソン)、スラブ民族という異文化の人たちとビジネス交渉を重ねることができた。これはかけがえのない経験であり、アイスランドとユーゴスラビア以外の欧州の国を訪問した。そのEUが今設立以来の危機に瀕している。

日本、米国に住んでビジネスを行った後ヨーロッパの風土の中で生活すると、その牧場的風土は極めて魅力的で国ごとの文化の違いに圧倒される。そして文化の違いを学習することが如何に交渉の場面で有効かを学ぶことができた。地中海の温暖な気候の中で燦々とした太陽で育った野菜や果実の恩恵を受けて生活を満喫し、文化の高揚に精出すイタリアの人々、一方日光の光が乏しいドイツやイギリスそして北欧の陰鬱さは尋常ではない。高緯度の為に昼間の時間帯が短いのが原因で取り分け冬には顕著だ。

イギリスは海流の関係で緯度が高い割に冬の寒さはさほどではないが、ドイツは厳しくマイナス15度くらいになってしまう。当然土地も痩せ麦も育ちが悪くパンもまずくジャガイモが中心だ。だから北欧などと同様、夏になると西欧人は太陽を求めて競って長期休暇を取り南に向かいバカンスや食を楽しむ。北欧や西欧では夏は日光の照射時間が長くなるからであり、ヨーロッパを北から南へ行くにつれて人間の気質は感情的・情緒的になっていくのがわかる。あのゲーテもその著書「イタリア紀行」で眩しい程のイタリアの光を絶賛している。

ヨーロッパにおいて比較的南方にあるミラノに8年半、北にあるロンドンに約3年住んでみると違いがよくわかる。このように風土の陰鬱さは人間の陰鬱さと繋がり、交渉の仕方に影響を与える。この陰鬱さはゲルマンやアングロサクソンの人たちに見られ、論理的に攻めねばならないし、主観性や精神論が強調されることが多い。取り分けイギリス人の交渉力は他を圧しているとよく言われる。しばしば英国の議会の模様がテレビなどで中継されるが、論点を整理して互いが激しく議論し交渉する様は圧巻だ。一方南欧は驚くほど明るく太陽の光は眩しく地中海の温暖さは筆舌に尽くしがたい。そうした気候や文化の中からギリシャやイタリアで哲学や法が生まれ、芸術が花開き科学が発達していった。イタリア人の騒々しさは驚くばかりだが、こうした事も一般的に南の地域の人に多く、北のトリノからミラノ更に東のベニスあたりまでの人達は、欧州一富裕な人たちが住み、冷静で同じ国の人とは思えないほど異なる気質をもっている。イタリアの北と南に住む人々の違いは他国を圧倒している。

ヨーロッパの中で、スイス人やドイツ人そして北欧の人たちは一般的に定価で買い物をするようだ。これらの人たちは交渉に不慣れで買い物なども定価でする人が多い。一方ラテン系のイタリア人やフランス人は交渉に慣れており、所得税の支払いまで交渉すると聞いて驚いた。イタリアの役所は非効率で申請から許可が下りるまで時間がかかることで悪評高いが、これらの申請書類の保管ボックスに置いてある書類を下に置き換えてくれる業者がいることに驚いたことがある。(あらかじめその業者を知っておき交渉しておけば、有料だがその分早く処理して貰える)ラテン系では特にこうしたネゴシエーション力、人脈形成力が必要とされる。

欧州の歴史を勉強すると血で血を洗う気の遠くなる様な惨い戦争と、その中で各国の王室が政略結婚を繰り返し、1000年の間に婿入り、嫁入りで皆親戚になってきた。こうした中で欧州人は“したたかな交渉力”を磨いてきたと言われる。

スイスや北欧3国(スウェーデン、デンマーク、ノルウェー)、ベネルクス3国(オランダ、ベルギー、ルクセンブルグ)など、大国に隣接した中小国家も外交上手が際立っている。いずれもシビアな国家間の競争が繰り広げられる中で、「国益を守る」という強く明確な主張や決意が伝わってくる。また3~4ヵ国語を話すグローバル人間が沢山いる。そういえば異文化コミュニケーション学のチャンピオンであるホフステッドとトランペナーズは共にオランダ人だ。オランダは地政学的にみても欧州の真ん中に位置し、世界初の株式会社である東インド会社の創設以来、貿易国家として世界に飛び出し、一大海上帝国を築いた。この国のビジネスマンには交渉の力強さが息づいている。この国では4~5ヵ国語を話す人が多く、驚くほど“異文化を理解し優れた交渉力をもち、圧倒的なグローバルマインドを持った人”が沢山いた。ひとりでフィリップスの本社(アインドホーヘン)を訪ねたことがあるが、グローバルマインドあふれる会社であった。わずか1700万人の人口で日本の国土の11%しかないオランダは、韓国と並んで今後の日本のグローバル化の手本になるかもしれない。

残念ながら欧州では、日本の存在感が日に日に薄れてきている。代わりに韓国メーカーが電子機器や自動車などで一気にトップシェアを握り、大学生などの旅行ガイドなどでも、アジア旅行はインド、タイ、中国までというケースが多い。

日本交渉協会の藤田理事長と安藤常務理事が書かれた「心理戦に負けない極意」を読ませていただいた。人間同士が互いに手を結ぶ過程は①戦争②交渉③謀略の3種類があるという。ラテン、ゲルマン(アングロサクソン)、スラブ民族の中にトルコがEU加盟を果たせず10年以上が経過した。西洋と東洋の分岐点になる自国の地政学的有利さの中でイスラムの盟主が次の一手を模索している。イスラエルとパレスチナ問題、アフリカのジャスミン革命、パキスタンやアフガニスタン、イラン、イラクなどの南アジアなど激動の21世紀は、交渉力を磨きあげた国や人が縦横無尽に跋扈できる時代なのだと思う。

最後に欧州のブラックジョークをお伝えする。これら15の国でビジネスをしてみて誠に事実を捉えている。28ヵ国になったEUだからこれ以外にも多彩な国々が控えており、興味が尽きない。異文化理解が一気に進むのが欧州の醍醐味でもある。
「英国人のコックの腕前、フランス人の運転方法、ドイツ人のようにユーモアを持ち、スペイン人のように謙虚さをそなえ、ポルトガル人のようにメカに強く、ベルギー人のように役に立ち、フィンランド人のように饒舌で、オランダ人のように気前がよく、オーストリア人のように忍耐強く、イタリア人のように統制が取れていて、デンマーク人のように慎みがあり、アイルランド人のように酒を飲まず、ギリシャ人のように計画的で、ルクセンブルク人のように有名で、そしてスウェーデン人のように融通がきく」(いずれもこの反対がそれぞれの国民性)

平沢 健一氏

G&Cビジネスコンサルタント代表
特定非営利活動法人 日本交渉協会 特別顧問

電子電機会社日本ビクター(JVC)で国内営業課長(高知県、和歌山県除き全県訪問)その後米国5年(テレビ営業部長、NY営業所長) 欧州10.5年販売現地法人経営(イタリア初代社長、全欧州担当)中国5年製造・販売13社統括会長-本社理事、建国50周年天安門招待、海南島ボアオ会議招待、全現法で黒字経営、業界初の直販、現金回収成功。世界56ヶ国業務で訪問、米国36州/全欧州/中国/アジアをほぼ訪問。徹底的な現場主義を貫き各国でシェアートップ商品、政・官・学・民の豊富な人脈ができた。
現在、G&C(グローバル&チャイナ)ビジネスコンサルタント代表、アジア立志塾共同代表、日本交渉協会特別顧問、中国最大の弁護士事務所など日中数社の顧問、日中関係学会顧問、3研究会主宰、経済産業省、経団連、早大、清華大、ジェトロ、日本商工会議所等多数講演。これまで約3000人の海外赴任前要員指導。

【主な著書】
「グローバル士魂商才」2014年、「グローバルリーダー養成オンデマンド講座(全6回)」2016年、株式会社トランスエージェント
『中国ビジネスハンドブック』日本在外企業協会、2008年、2009年、2010年
『中国ビジネス超入門−成功への扉を開ける−』産業能率大学出版部、2011年
『中国に入っては中国式交渉術に従え!』(共著)日刊工業新聞社、2013年
『中国穴場めぐり』(共著)日本僑報社、2014年
『アジアビジネス成功への道(グローバルからグローバル・アジアの時代へ)』産業能率大学出版部、2016年
『飛躍するチャイナ・イノベーション 中国ビジネス成功のアイディア10』(共著)中央経済社、2019年
『これからのグローバルビジネスの教科書~世界で戦える人材を目指して』産業能率大学出版部、2019年

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アジアの時代に活躍できる日本人とは

ASEANはインドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ブルネイ、ベトナム、ラオス、ミャンマー、カンボジアの東南アジア10ヵ国が加盟し、本部はインドネシアのジャカルタだ。域内人口は約6億9千万人で、28ヵ国約5億人のEU(欧州連合)や、アメリカ・カナダ・メキシコの3ヵ国5億人弱のNAFTA(北米自由貿易協定)より多い。国連は、2030年には7億人を超え、2050年には7億7千万人になると予測している。経済成長も著しく過去10年間で域内総生産は約3倍に増加した。

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中国人との交渉に勝つための対処法(Ⅲ)

行きあたりばったりではなく、落とし所を予め決めておく。「200言って100を取りたい」と言う中国側の計算だと思って、始めの要求を徹底して下げさせる。脇を固めて、最後のとどめの一手(人や物など)を用意する。

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中国人との交渉に勝つための対処法(Ⅱ)

ほぼ中国の全省を廻っていろいろな地方の中国人と交渉してみて思うことは、彼らの交渉スタイルに惑わされてはいけないということだ。日本人、欧米人と比べて彼らの一方的な質問と要求の嵐に辟易した事が多かった。特にビジネス交渉ではなおさらだ。彼らの言っていることを辛抱して傾聴し、まずその中で誰が決定権者かを確り探ることが大切だ。

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中国人との交渉に勝つための対処法(Ⅰ)

中国人との交渉は極めて困難だといわれるのはなぜだろうか。米国、欧州人と長くビジネス上の交渉を繰り返した後中国に赴任し、このことを考え続けた。中国には中国語で書かれた外国人との交渉術指南書がたくさん存在する。また米国のディベートにそっくりな「討価環価」という駆け引きで交渉に勝つための訓練が彼方此方でなされている。広い中国をめぐって様々な場面で中国人と交渉を繰り返したが、彼らが実によく工夫していることに感心すると同時に、共通した特色があることに気付いた。

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自らの殻を破って国内から海外に挑戦した異文化経験での交渉力 (米国編)

アメリカには黒人、中南米人、アジア人やアフリカ人など多彩な人種が世界から来て共存している。アメリカ人のフロンティア・スピリットは、こうした多様な人達との交流を通して、1ヶ所に定住することなく新しい土地へ移っていく考えから生じたもののようだ。このいとも簡単に地理的に移るという考えが、職業的にも簡単にジョブホッピングする考えに共通する。アメリカの履歴書はよく複雑な方が良いといわれる。能力があるから他の会社から引っ張られたという事が勲章になる。一旦、他の会社から引っ張られて辞めたマネージャーが再度就職を希望してきたのには驚いた。

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自らの殻を破って国内から海外に挑戦した異文化経験での交渉力

日本国内15年間の営業活動で殆どの県を訪問した後、突然米国勤務を命じられた。1982年の事で、折しも米国のドイツユダヤ系社会学者でハーバード大学教授エズラ・ヴォーゲルの「Japan as No.1」がベストセラーとなっていた。ヴォーゲルは日本語と中国語を話し、中国名で傳高儀という名前も持っている東アジア研究の大家で異文化理解と交渉力に秀でた人であり今も健在だ。貪るようにこの本を読んで米国ビジネスに飛び込んで行った。彼は日本の教育水準の高さや犯罪の少なさや長生きや健康状態など総合的に見て日本の組織力を絶賛している。

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「性善説」の良さを残して「性悪説」も確り学ぼう 東の「韓非子」・西の「マキャベリ」

2008年のリーマンショックに続く世界同時不況から、中国をはじめとした新興国が台頭してきた中、20年来低下してきた日本の存在感が一段と落ち始めてきている。