中国人との交渉に勝つための対処法(Ⅱ)
NPO法人日本交渉協会特別顧問 平沢健一
前号では(1)中国人との交渉の心構えと(2)交渉に入る前のポイントについて述べた。
今号では引き続き(3)交渉の前提、(4)交渉のポイントを説明したい。
(3)交渉の前提
- 時間延ばしの名人
ほぼ中国の全省を廻っていろいろな地方の中国人と交渉してみて思うことは、彼らの交渉スタイルに惑わされてはいけないということだ。日本人、欧米人と比べて彼らの一方的な質問と要求の嵐に辟易した事が多かった。特にビジネス交渉ではなおさらだ。彼らの言っていることを辛抱して傾聴し、まずその中で誰が決定権者かを確り探ることが大切だ。また日本人と全く異なる時間感覚に注意しよう。中国人は長いスパンで物事を考えようとし、時間延ばしの名人だ。歴史問題などの反日教育などもあり、日本人に対する中国人の不信感は一般的に欧米人に対するよりも相当大きい。赴任時に「中国人は相手国によって交渉スタイルを変えてくるから注意しろ」と香港で財をなした中国人に言われた。豊かになってきた最近の中国でも、日本人に対して傲慢な対応をする人もまだまだ多い。だからこそ中国人とのビジネスは如何にして信頼されるかが極めて重要で、人間関係づくりが大切だ。 - 相手を知る
相手の日本人がどの程度の人間か、観相術が好きな中国人はまず相手を値踏みしてくる。改革開放の前は国営企業の中で集団生活を送っていたから、集団内の噂や妬み、そして告発等が極めて多かった為、こうした習慣は今でも残っており厄介なことを引き起こしやすい。
それだけに企業内でもこの様な風潮は健在で、こうした事情を考えながら行動してくることに注意が必要だ。日本企業内の中国人幹部に上手く乗せられ、挙句にその企業の日本人社長から顰蹙(ひんしゅく)を買う等と言うことも起こってしまう。常に裏を取り、事の顛末を書き出して証拠を残す習慣をつけよう。これが後々役立つことが多い。 - 論理的な回答の重要性
前述したように外国人との交渉では“積極的な傾聴”が極めて重要で、相手の質問は徹底的に聞き洩らさないことを肝に銘じよう。時には文書にして確認を怠らない。彼らは時間をかけて質問し、その後、得た回答を実によく分析して、そのうえで相手に威圧をかけてくる。だからこそこちらも論理的なコミュニケーションや質問をしていく。話の途中に「なぜか」「根拠は」「理由は」「裏付けは」「論点は」「結論は」等、相手の論理の整合性を確認していく。議論が噛みあい、互いの考え方が分かりあえたら論理的に回答をしていく。その際は三段論法が有効だ。結論の序論から入り本論(根拠や理由を3種類位用意)を述べ、最後に結論で確り決めていく。中国の人たちは「起承転結」という日本流の言い回しは大嫌いだと思った方が良い。既知の事柄から思考によって未知の事柄が正しいことを導こうとする「推論による問題解決法」に帰納法と演繹法があるが、中国人との交渉は演繹法に限ると思った方が良い。ただ中国人の個人差は日本人の比ではないから、相手をよく観察してそれぞれの違いに合わせて対応していかなくてはならない。 - 恫喝や不意打ちに応じない
中国側の交渉団の中に、時々激しく怒りだし不意打ちをする人がいたり、中には面子の国であるにもかかわらず皆の前で恫喝してくる人もいた。こうした人は例外なく「中国のことは中国人が一番よく知っている」と大声を張り上げて脅してきた。このようなケースは大体事前に予想できるから、予め周辺に煙幕を張っておくとよい。一番大切なことはそうした恫喝に応ぜず、恫喝は中国人の伝統文化で空気の様なものと割り切ることだ。「来た。来た。」と思って平気の平左でいることが極めて有効だ。しかしその場で譲ってはいけない。そうした忍耐力のある人を中国人は高く評価し、翌日は何もなかったようにケロッとして対応してきてくれる。相手や場合によっては激しく怒って喧嘩することも有効だ。翌日はやはり何事もなかったようにケロッとして対応してきた。
不意打ちや居丈高戦術をかけてくるケースもあるから予期して準備したら良い。「断固たる態度」「白黒をはっきりつける」「いい加減にしない」「スピード」が大好きな人達だ。
(4)交渉のポイント
- 相手から話させる
「他人はすべて敵である」という中国独特の相互不信社会が2000年も続いてきた中国では、相手を知ることが先決だ。そもそも善悪の基準も全く違うわけだから、一致することなどあり得ないと思った方が良い。日本人はこれまでのマスコミや教育のせいか、とかく中国人と自分達が同文同種であり同じと思ってしまいがちだ。だからこそまず中国人から話してもらったらよい。その出方に注意を払い相手の話を聞き込み、相手を褒めたり、笑顔をふんだんに出しながらもおかしい事はしっかり指摘する。その中で「個人とは是非良好な関係を築きたいし、あなたは正にそういう人だ」と力説する。中国に「通情達理」と言う諺がある。人情と道理の両方に適うことが正しいという意味で、上手くいかない交渉事でも両者の面子が保たれ、双方がうまくいく方法を粘り強く見つけ出せるという意味と考えたらよい。その為にも相手から話させて、話し好きな中国人にまず主役を与え、その中で冷静に交渉の重要ポイントを自覚し、交渉の筋道を立てていくことが大切だ。 - 原則論から入り「責任、面子、関係、道理」で相手を見極める
まず大雑把に原則論から入る。その中から相手の目線が見えてくるから、ここを中心に議論を開始しよう。ただこの時点でいきなり論理的な説得や力を誇示した交渉に入ってはいけない。そうはいっても「理屈付け」は説得のポイントだから最初はあえてきついことも言ってみる。すると相手が徐々に譲歩してくる場合がある。この段階では丁寧に相手側の自尊心を大いに持ち上げ、親身になってじっくり聞き、微妙な問題の裏側を探り(場合によっては証拠を取っておく)、相手側の感情や性格を知ると交渉はうまく進む。あくまで距離を置いて状況をよく眺め、戦略的に考えて時期と方向が分かったら、「責任、面子、関係、道理」を総動員して相手の関心具合を見極める。この中で最初の「責任」が極めて重要だ。
中国の新華社の新華網ニュースの中に、日本企業で働いた事のある中国人ソフトウエア―担当責任者が述べた以下の一節があった。
「中国人は日本人のような職業精神、事業に対する一途な気持ちや素質を備えていない。われわれは仕事や生活の中で、『だいたいよい』『まあまあ』『いいかげん』『いけるだろう』などのあいまいな言葉をよく使う。これは仕事に対する責任感がないためで、最終的に自分でも恥ずかしく感じる。」
責任について中国人と話すときは、心から相手に敬意を払って思い切り誠意を見せることが大切だ。傲慢さや癇癪は禁じ手で、自制心と忍耐が極めて効果的だ。
最近中国では「誠信経営」という言葉が良く使われている。
我々も誠実と信用=誠信と考え、こうした風潮が大いに拡大していく事を願って、困難な中国人との交渉のポイントと考えていくべきである。(以下次号に続く)
平沢 健一氏
G&Cビジネスコンサルタント代表
特定非営利活動法人 日本交渉協会 特別顧問
電子電機会社日本ビクター(JVC)で国内営業課長(高知県、和歌山県除き全県訪問)その後米国5年(テレビ営業部長、NY営業所長) 欧州10.5年販売現地法人経営(イタリア初代社長、全欧州担当)中国5年製造・販売13社統括会長-本社理事、建国50周年天安門招待、海南島ボアオ会議招待、全現法で黒字経営、業界初の直販、現金回収成功。世界56ヶ国業務で訪問、米国36州/全欧州/中国/アジアをほぼ訪問。徹底的な現場主義を貫き各国でシェアートップ商品、政・官・学・民の豊富な人脈ができた。
現在、G&C(グローバル&チャイナ)ビジネスコンサルタント代表、アジア立志塾共同代表、日本交渉協会特別顧問、中国最大の弁護士事務所など日中数社の顧問、日中関係学会顧問、3研究会主宰、経済産業省、経団連、早大、清華大、ジェトロ、日本商工会議所等多数講演。これまで約3000人の海外赴任前要員指導。
【主な著書】
「グローバル士魂商才」2014年、「グローバルリーダー養成オンデマンド講座(全6回)」2016年、株式会社トランスエージェント
『中国ビジネスハンドブック』日本在外企業協会、2008年、2009年、2010年
『中国ビジネス超入門−成功への扉を開ける−』産業能率大学出版部、2011年
『中国に入っては中国式交渉術に従え!』(共著)日刊工業新聞社、2013年
『中国穴場めぐり』(共著)日本僑報社、2014年
『アジアビジネス成功への道(グローバルからグローバル・アジアの時代へ)』産業能率大学出版部、2016年
『飛躍するチャイナ・イノベーション 中国ビジネス成功のアイディア10』(共著)中央経済社、2019年
『これからのグローバルビジネスの教科書~世界で戦える人材を目指して』産業能率大学出版部、2019年
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