グローバル時代に求められる交渉術 平沢健一氏

自らの殻を破って国内から海外に挑戦した異文化経験での交渉力

NPO法人日本交渉協会特別顧問 平沢健一

日本国内15年間の営業活動で殆どの県を訪問した後、突然米国勤務を命じられた。1982年の事で、折しも米国のドイツユダヤ系社会学者でハーバード大学教授エズラ・ヴォーゲルの「Japan as No.1」がベストセラーとなっていた。ヴォーゲルは日本語と中国語を話し、中国名で傳高儀という名前も持っている東アジア研究の大家で異文化理解と交渉力に秀でた人であり今も健在だ。貪るようにこの本を読んで米国ビジネスに飛び込んで行った。彼は日本の教育水準の高さや犯罪の少なさや長生きや健康状態など総合的に見て日本の組織力を絶賛している。アメリカ人はもう少し日本のことをうまく理解し、自分は謙遜して少し外国の成功のことをよく勉強した上で、いい面を見習って、それを実現すべきだとも説いた。ただ彼は日本にはアメリカが決して真似したいと思わないような好ましくない制度もいくつかあると言い日本賛美の書ではなかったが、この本は筆者に自信を与えてくれ、海外での事業活動や赴任生活で大いに役立った。今でも彼の日中関係に対する洞察力と提言は異彩を放っており、海外の入口が米国、途中が欧州で出口が中国だっただけに彼の指摘は誠に正鵠を得ていると思う。

ニューヨークに到着して先ず悩んだことは、自身の英会話力のなさとアメリカ人との価値観の違いと論理的に話してくるアメリカ人のビジネススタイルであった。小学校低学年から「I am a special」と言って、皆の前で他人より自分がいかに優れているかを何度となく発表させられると聞く。自己主張の強いアメリカ人の根源でもある。

「君なら大丈夫」と言われ事前に英会話の研修も異文化理解の学習もなく来ただけに、輸出課育ちの英語に堪能な日本人同僚との違いと、遠慮しないアメリカ人、取り分けニューヨーカーのスピードにショックを受け、カルチャーショックに打ちひしがれた。グローバル交渉力に必要な事はロゴス(論理的訴求力)とパトス(相手の価値観に合わせた感情的訴求力)と説得の手段である英会話力の育成という事に気付いた。

迷うことなくヒューストンのブランチ行きを自分で決め上申した。そこは56名のアメリカ人のみで日本人はゼロだった。ブランチマネージャー以下スタッフの連中が様々な失敗を「サザンホスピタリティ」(南部人のやさしさ)でカバーしてくれ、1ヵ月ぐらい経過すると自信が湧いてきた。その後はロスアンゼルスを皮切りに全米36州を一人で廻り切り、6ヵ月後にニューヨークに戻ってきた。

一人で異国の地を廻って見ると頼れるのは自分だけであり、積極的に異文化と協働していこうという気持ちが燃え盛る。日曜日のダウンタウンでは黒人に囲まれたり、白人青年数人に「ジャップ」と言われ殴られそうになった事もあった。ロスアンゼルスの片道6車線のハイウエイでは出口で一本内側を走っていた為、降りる事が出来ず次で降りたが2時間近く彷徨ってようやくモーテルについた。こうした失敗の経験は逆にアメリカ人との交渉力を高める良い教材になった。

とにかくはっきり言う事が肝心だ。アメリカ人は“waste of time”や“waste of money”を極端に嫌う。英語力以上に大切なことは決断力とビジネス遂行力と表現力でとにかく分からない事はどんどん質問する事だ。

また交渉では常に卑屈にならず、堂々としかもフランクに相手を正面から見て応対しなければならない。

適当な距離を維持しながら(米国では距離学と言う研究もある)相手の目尻のあたりを見て笑顔を絶やさず、緊張せず相手の言う事をじっくり聞くことが重要だ。日本人は昔から相手をしっかり見て話す習慣に乏しい。米国や中国はじめ殆どの国は、相手の目を見てしっかり話すという事が、相手に自分が信頼できる人間であることを伝える基本的な行為と信じられている。これは極めて重要なグローバル交渉力の基本中の基本だ。

会議の中に日本人がいても極力日本語は使わない。曖昧な発言をせず、回答不可能の時はその旨告げていつまでに回答するかをはっきり伝える。だめな時もその理由を明快に伝えなければ相手がイライラしてしまいネガティブな会議に陥ってしまう。交渉相手の感情に気配りをし、早い段階で合意書をドラフティング(見える化)すると、場の雰囲気が変わり議論の整理が進む。これらの事を米国での会議などで学んだ。

用意していた全体のロードマップを最終合意段階で見せ、合意書のイメージを共有する事も有効だ。米国の契約書の厚さは尋常ではない。日本の様に問題が起きてから話しあうという習慣がないだけにこうしたことに慣れておかねばならない。

昨年、ニューヨークのウオールストリートにあるAIG本社(世界最大の保険会社)を訪問した。SVP(筆頭副社長)VP(副社長)や人材育成部長とお会いした。彼らはいずれも3ヵ国の現地法人経営の経験がありそれらの国の言葉も文化にも精通していた。始めからジョークの応酬で、筆者が5年間米国でビジネスをやり、その後欧州と中国を経験したことに話題が集中した。日本と米、欧、中のビジネスや価値観の比較を尋ねられた。あらかじめ準備していたから大変盛り上がり、一気に2時間の会議がフィニッシュした。

米国だけではないがジョークとユーモアは極めて大切で、筆者は米国、欧州、中国の代表的なジョークを絶えず復習しながら新しい物を付け加えるようにしている。

米国5年の駐在で様々な米国人と交流した。一緒に旅行やゴルフをし、家に招かれ結婚式にも呼ばれた。預かったホームステイの日本人高校生は地元の有名高校を卒業時「ナショナル・オナー・ソサイアティ」という優秀賞をもらったが、こちらも様々な米国人と交わり応援して貰い国際人に成長した。米国とは正しくそういう国だ。

やはり正義と公正をベースにした「信頼や思いやりと寛容」の3要素は米国でも基本的価値観として共通したものだと心から確信した。若い時の米国留学、駐在を勧めたい。

最後に前述のエズラ・ヴォーゲルが次の様に指摘している。「内向きになってきている日本人を外国に向けるきっかけは何か」という問いに彼は次のように答えている。

「日本人はKnowledge(知識)とInformation(情報)を集めることに貪欲になれ。幸か不幸か隣国にいる中国人の競争心から刺激を受けそれに学ぶ必要がある」。筆者も心から同感だ。
次回は実際に米国で遭遇した交渉力を使った成功事例をお話ししたい。

平沢 健一氏

G&Cビジネスコンサルタント代表
特定非営利活動法人 日本交渉協会 特別顧問

電子電機会社日本ビクター(JVC)で国内営業課長(高知県、和歌山県除き全県訪問)その後米国5年(テレビ営業部長、NY営業所長) 欧州10.5年販売現地法人経営(イタリア初代社長、全欧州担当)中国5年製造・販売13社統括会長-本社理事、建国50周年天安門招待、海南島ボアオ会議招待、全現法で黒字経営、業界初の直販、現金回収成功。世界56ヶ国業務で訪問、米国36州/全欧州/中国/アジアをほぼ訪問。徹底的な現場主義を貫き各国でシェアートップ商品、政・官・学・民の豊富な人脈ができた。
現在、G&C(グローバル&チャイナ)ビジネスコンサルタント代表、アジア立志塾共同代表、日本交渉協会特別顧問、中国最大の弁護士事務所など日中数社の顧問、日中関係学会顧問、3研究会主宰、経済産業省、経団連、早大、清華大、ジェトロ、日本商工会議所等多数講演。これまで約3000人の海外赴任前要員指導。

【主な著書】
「グローバル士魂商才」2014年、「グローバルリーダー養成オンデマンド講座(全6回)」2016年、株式会社トランスエージェント
『中国ビジネスハンドブック』日本在外企業協会、2008年、2009年、2010年
『中国ビジネス超入門−成功への扉を開ける−』産業能率大学出版部、2011年
『中国に入っては中国式交渉術に従え!』(共著)日刊工業新聞社、2013年
『中国穴場めぐり』(共著)日本僑報社、2014年
『アジアビジネス成功への道(グローバルからグローバル・アジアの時代へ)』産業能率大学出版部、2016年
『飛躍するチャイナ・イノベーション 中国ビジネス成功のアイディア10』(共著)中央経済社、2019年
『これからのグローバルビジネスの教科書~世界で戦える人材を目指して』産業能率大学出版部、2019年

その他のレクチャー もっと見る

グローバル時代に求められる交渉術 平沢健一氏

アジアの時代に活躍できる日本人とは

ASEANはインドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ブルネイ、ベトナム、ラオス、ミャンマー、カンボジアの東南アジア10ヵ国が加盟し、本部はインドネシアのジャカルタだ。域内人口は約6億9千万人で、28ヵ国約5億人のEU(欧州連合)や、アメリカ・カナダ・メキシコの3ヵ国5億人弱のNAFTA(北米自由貿易協定)より多い。国連は、2030年には7億人を超え、2050年には7億7千万人になると予測している。経済成長も著しく過去10年間で域内総生産は約3倍に増加した。

グローバル時代に求められる交渉術 平沢健一氏

中国人との交渉に勝つための対処法(Ⅲ)

行きあたりばったりではなく、落とし所を予め決めておく。「200言って100を取りたい」と言う中国側の計算だと思って、始めの要求を徹底して下げさせる。脇を固めて、最後のとどめの一手(人や物など)を用意する。

グローバル時代に求められる交渉術 平沢健一氏

中国人との交渉に勝つための対処法(Ⅱ)

ほぼ中国の全省を廻っていろいろな地方の中国人と交渉してみて思うことは、彼らの交渉スタイルに惑わされてはいけないということだ。日本人、欧米人と比べて彼らの一方的な質問と要求の嵐に辟易した事が多かった。特にビジネス交渉ではなおさらだ。彼らの言っていることを辛抱して傾聴し、まずその中で誰が決定権者かを確り探ることが大切だ。

グローバル時代に求められる交渉術 平沢健一氏

中国人との交渉に勝つための対処法(Ⅰ)

中国人との交渉は極めて困難だといわれるのはなぜだろうか。米国、欧州人と長くビジネス上の交渉を繰り返した後中国に赴任し、このことを考え続けた。中国には中国語で書かれた外国人との交渉術指南書がたくさん存在する。また米国のディベートにそっくりな「討価環価」という駆け引きで交渉に勝つための訓練が彼方此方でなされている。広い中国をめぐって様々な場面で中国人と交渉を繰り返したが、彼らが実によく工夫していることに感心すると同時に、共通した特色があることに気付いた。

グローバル時代に求められる交渉術 平沢健一氏

EUの多様な国民性とネゴシエーション

アメリカに5年勤務した後、欧州で10.5年駐在し現地法人の経営にあたった。EUの統合が実現し、共通通貨のEUROが導入される前夜までそのヨーロッパに駐在した。この間、1989年のベルリンの壁崩壊では直ちに現場を訪問し、テレビ局のやぐらの上から壁を見渡すことができ、歴史の大転換を感じた。また東欧各国が自立していく様を目の当たりにし、ソ連崩壊と12のロシア共和国が生まれた中で多くのスラブの国々を訪問し、モスクワ事務所を立ち上げ、ポーランド、ハンガリ-、チェコ等の販売会社を設立していった。結局モザイクのように美しい欧州でラテン、ゲルマン(アングロサクソン)、スラブ民族という異文化の人たちとビジネス交渉を重ねることができた。これはかけがえのない経験であり、アイスランドとユーゴスラビア以外の欧州の国を訪問した。そのEUが今設立以来の危機に瀕している。

グローバル時代に求められる交渉術 平沢健一氏

自らの殻を破って国内から海外に挑戦した異文化経験での交渉力 (米国編)

アメリカには黒人、中南米人、アジア人やアフリカ人など多彩な人種が世界から来て共存している。アメリカ人のフロンティア・スピリットは、こうした多様な人達との交流を通して、1ヶ所に定住することなく新しい土地へ移っていく考えから生じたもののようだ。このいとも簡単に地理的に移るという考えが、職業的にも簡単にジョブホッピングする考えに共通する。アメリカの履歴書はよく複雑な方が良いといわれる。能力があるから他の会社から引っ張られたという事が勲章になる。一旦、他の会社から引っ張られて辞めたマネージャーが再度就職を希望してきたのには驚いた。

グローバル時代に求められる交渉術 平沢健一氏

自らの殻を破って国内から海外に挑戦した異文化経験での交渉力

日本国内15年間の営業活動で殆どの県を訪問した後、突然米国勤務を命じられた。1982年の事で、折しも米国のドイツユダヤ系社会学者でハーバード大学教授エズラ・ヴォーゲルの「Japan as No.1」がベストセラーとなっていた。ヴォーゲルは日本語と中国語を話し、中国名で傳高儀という名前も持っている東アジア研究の大家で異文化理解と交渉力に秀でた人であり今も健在だ。貪るようにこの本を読んで米国ビジネスに飛び込んで行った。彼は日本の教育水準の高さや犯罪の少なさや長生きや健康状態など総合的に見て日本の組織力を絶賛している。

グローバル時代に求められる交渉術 平沢健一氏

「性善説」の良さを残して「性悪説」も確り学ぼう 東の「韓非子」・西の「マキャベリ」

2008年のリーマンショックに続く世界同時不況から、中国をはじめとした新興国が台頭してきた中、20年来低下してきた日本の存在感が一段と落ち始めてきている。