グローバル時代に求められる交渉術 平沢健一氏

「性善説」の良さを残して「性悪説」も確り学ぼう 東の「韓非子」・西の「マキャベリ」

NPO法人日本交渉協会特別顧問 平沢健一

2008年のリーマンショックに続く世界同時不況から、中国をはじめとした新興国が台頭してきた中、20年来低下してきた日本の存在感が一段と落ち始めてきている。

世界の大手コンサルタント会社のA.T.カーニーが実施した『2010年度 海外直接投資先信頼度調査』によると、第一位は中国で6回連続、しかし経営環境の悪化から企業は安全性を重視、先進国の順位は全体的に上昇した。米国は3位から2位、ドイツも10位から5位にあげた中、前回15位の日本は圏外の25位以下に沈んだ。世界のグローバル企業大手1000社のCEO、COO、FDI(海外直接投資)担当役員を対象に実施しただけに深刻である。

筆者は日本のほぼ全土を業務で駆け巡った後、米国5年、欧州11年、中国5年現地法人の経営経験をしてきた。訪問した国は56ヵ国を数える。

この間、日本企業は欧米企業と戦いながら勝ちを収め、世界各地に日本ビジネスマンと日本製品の優秀さが喧伝された。日本人駐在員たちの多くは目が輝き、工場の展開も欧米志向からアジアにもシフトし、目線を欧米/アジア両様にらみで複眼思考の国際ビジネスマンが誕生していった。これができたのは日本だけであった。

その勢いが急速になくなってきており、これに代わって韓国企業が昇竜の勢いだ。この後も中国やインド等の国が後を襲ってくるのは想像に難くない。グローバル化といわれて30年、日本はなぜにかくも世界の潮流に乗り遅れてきたのだろうか。

筆者はこれまで約5年間海外赴任前研修をリーダー役で実施し、3000人余りを海外に送り出してきた。また欧米人だけでなく日の出の勢いの中国ビ ジネスマン、大学院生などに頻繁に会い大学院でも教えている。

その経験を踏まえ、長期低迷を続ける日本のグローバル化の問題点の中で、「交渉術」にテーマを絞って述べてみたい。

海外ビジネスでは「性悪説」を会得しよう
東の韓非子(中国)、西のマキャベリ(イタリア)とよく言われる。両者とも「性悪説」の巨頭だ。長く駐在した両国での交渉事では、しばしばこうした「性悪説」がベースの場面に遭遇した。

日本は伝統的に「性善説」が中心で運営されており、世界でも稀な暮らしやすく、信用、信頼、安全の国だった。それだけに人を甘く見てしまうところがある。交渉でも相手の善意を期待してしまう性質が抜けない。こうした風潮は海外では通用しない。

米国ビジネスでは中国流の「韓非子」に似たケースが多かったし、「マキャベリの君主論」の考え方が浸透している欧州はそれ以上だった。かの有名なスイス生まれの哲学家・政治思想家・作家・作曲家であるジャン=ジャック・ルソーやドイツを代表する哲学者のヘーゲル、フランスの思想家のモンテスキューも「性悪説」を支持し、マキャベリの「君主論」を評価した。当然、欧州のビジネスや経営者のスタイルは「性悪説」が基底に流れている。

中国は「性善説」と「性悪説」が生まれた国だが、「性悪説」が突出している。よく「性悪説」を毛嫌いする人がいるがその本質を知ることが大切だ。「性悪説」は、人間は弱い者だし人の性が悪だからこそ、人を導く教育や学習が大切だと言っている。悪を認めているわけでなく、勿論人間は本質的に悪者だとは言っていない。むしろ人との交わりを積極的にやれと言っている。逆に昨今の中国人には「性善説」をもっと勉強しないと、国際社会から毛嫌いされていくと思う。欧米人はマナーやフェア―プレイができない人を徹底的に忌み嫌う。

北京オリンピックや上海万博であれだけ国民に訴えたにもかかわらず、この2~3年の中国の国際社会での言動は常軌を逸しているケースが多い。

ただ日本人の良さでもあった勤勉、努力、忍耐、正直、思いやり、礼節といった特性のままでは、海外の人になかなか理解してもらえないことも事実だ。おまけに謙遜や謙譲、以心伝心や本音と建前そして沈黙は金などの上に、内向きで外国語下手の甘えた構造では時代の勢いについて行けず更に沈没してしまう。美徳は美徳として残していくべきだが、日本人に欠けてきたものを早急に補わないといけないという事だ。世界を駆ける韓国人ビジネスマンに見習おう。

米国、欧州、中国に入り込み、彼らと仕事をし、その国の歴史を勉強するとよく判る。絶えず戦争や戦乱に明け暮れ、治乱興亡の中で権謀術数を駆使して生きてきた中で、彼らは強かさを身につけてきた。ディベートやプレゼンテーション、コミュニケーション力の大切さを幼少時から勉強している。

過去30年、グローバル化が進まなかった最大の問題点は、日本人が「性善説」にとっぷり浸かり、「まるドメ(まるでドメスティック-国内志向で海外嫌い)」で「ガラパゴス(日本だけに通じる独自規格に安住)」化を助長し、今や「ゆで蛙(蛙は徐々に温まる湯の中で居心地良くなり、そのまま死んでしまう)」になってきたことではないだろうか。

「性善説」の良さを残し「性悪説」を勉強して、価値観の違う外国人と積極的に交りあって行こう。始めは苦しくても、それを乗り越えたら楽しい事が沢山あるのが海外ビジネスだ。

次回からは「グローバル時代に求められる交渉術」の具体策を述べていきたい。

平沢 健一氏

G&Cビジネスコンサルタント代表
特定非営利活動法人 日本交渉協会 特別顧問

電子電機会社日本ビクター(JVC)で国内営業課長(高知県、和歌山県除き全県訪問)その後米国5年(テレビ営業部長、NY営業所長) 欧州10.5年販売現地法人経営(イタリア初代社長、全欧州担当)中国5年製造・販売13社統括会長-本社理事、建国50周年天安門招待、海南島ボアオ会議招待、全現法で黒字経営、業界初の直販、現金回収成功。世界56ヶ国業務で訪問、米国36州/全欧州/中国/アジアをほぼ訪問。徹底的な現場主義を貫き各国でシェアートップ商品、政・官・学・民の豊富な人脈ができた。
現在、G&C(グローバル&チャイナ)ビジネスコンサルタント代表、アジア立志塾共同代表、日本交渉協会特別顧問、中国最大の弁護士事務所など日中数社の顧問、日中関係学会顧問、3研究会主宰、経済産業省、経団連、早大、清華大、ジェトロ、日本商工会議所等多数講演。これまで約3000人の海外赴任前要員指導。

【主な著書】
「グローバル士魂商才」2014年、「グローバルリーダー養成オンデマンド講座(全6回)」2016年、株式会社トランスエージェント
『中国ビジネスハンドブック』日本在外企業協会、2008年、2009年、2010年
『中国ビジネス超入門−成功への扉を開ける−』産業能率大学出版部、2011年
『中国に入っては中国式交渉術に従え!』(共著)日刊工業新聞社、2013年
『中国穴場めぐり』(共著)日本僑報社、2014年
『アジアビジネス成功への道(グローバルからグローバル・アジアの時代へ)』産業能率大学出版部、2016年
『飛躍するチャイナ・イノベーション 中国ビジネス成功のアイディア10』(共著)中央経済社、2019年
『これからのグローバルビジネスの教科書~世界で戦える人材を目指して』産業能率大学出版部、2019年

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アジアの時代に活躍できる日本人とは

ASEANはインドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ブルネイ、ベトナム、ラオス、ミャンマー、カンボジアの東南アジア10ヵ国が加盟し、本部はインドネシアのジャカルタだ。域内人口は約6億9千万人で、28ヵ国約5億人のEU(欧州連合)や、アメリカ・カナダ・メキシコの3ヵ国5億人弱のNAFTA(北米自由貿易協定)より多い。国連は、2030年には7億人を超え、2050年には7億7千万人になると予測している。経済成長も著しく過去10年間で域内総生産は約3倍に増加した。

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行きあたりばったりではなく、落とし所を予め決めておく。「200言って100を取りたい」と言う中国側の計算だと思って、始めの要求を徹底して下げさせる。脇を固めて、最後のとどめの一手(人や物など)を用意する。

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ほぼ中国の全省を廻っていろいろな地方の中国人と交渉してみて思うことは、彼らの交渉スタイルに惑わされてはいけないということだ。日本人、欧米人と比べて彼らの一方的な質問と要求の嵐に辟易した事が多かった。特にビジネス交渉ではなおさらだ。彼らの言っていることを辛抱して傾聴し、まずその中で誰が決定権者かを確り探ることが大切だ。

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中国人との交渉に勝つための対処法(Ⅰ)

中国人との交渉は極めて困難だといわれるのはなぜだろうか。米国、欧州人と長くビジネス上の交渉を繰り返した後中国に赴任し、このことを考え続けた。中国には中国語で書かれた外国人との交渉術指南書がたくさん存在する。また米国のディベートにそっくりな「討価環価」という駆け引きで交渉に勝つための訓練が彼方此方でなされている。広い中国をめぐって様々な場面で中国人と交渉を繰り返したが、彼らが実によく工夫していることに感心すると同時に、共通した特色があることに気付いた。

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EUの多様な国民性とネゴシエーション

アメリカに5年勤務した後、欧州で10.5年駐在し現地法人の経営にあたった。EUの統合が実現し、共通通貨のEUROが導入される前夜までそのヨーロッパに駐在した。この間、1989年のベルリンの壁崩壊では直ちに現場を訪問し、テレビ局のやぐらの上から壁を見渡すことができ、歴史の大転換を感じた。また東欧各国が自立していく様を目の当たりにし、ソ連崩壊と12のロシア共和国が生まれた中で多くのスラブの国々を訪問し、モスクワ事務所を立ち上げ、ポーランド、ハンガリ-、チェコ等の販売会社を設立していった。結局モザイクのように美しい欧州でラテン、ゲルマン(アングロサクソン)、スラブ民族という異文化の人たちとビジネス交渉を重ねることができた。これはかけがえのない経験であり、アイスランドとユーゴスラビア以外の欧州の国を訪問した。そのEUが今設立以来の危機に瀕している。

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自らの殻を破って国内から海外に挑戦した異文化経験での交渉力 (米国編)

アメリカには黒人、中南米人、アジア人やアフリカ人など多彩な人種が世界から来て共存している。アメリカ人のフロンティア・スピリットは、こうした多様な人達との交流を通して、1ヶ所に定住することなく新しい土地へ移っていく考えから生じたもののようだ。このいとも簡単に地理的に移るという考えが、職業的にも簡単にジョブホッピングする考えに共通する。アメリカの履歴書はよく複雑な方が良いといわれる。能力があるから他の会社から引っ張られたという事が勲章になる。一旦、他の会社から引っ張られて辞めたマネージャーが再度就職を希望してきたのには驚いた。

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自らの殻を破って国内から海外に挑戦した異文化経験での交渉力

日本国内15年間の営業活動で殆どの県を訪問した後、突然米国勤務を命じられた。1982年の事で、折しも米国のドイツユダヤ系社会学者でハーバード大学教授エズラ・ヴォーゲルの「Japan as No.1」がベストセラーとなっていた。ヴォーゲルは日本語と中国語を話し、中国名で傳高儀という名前も持っている東アジア研究の大家で異文化理解と交渉力に秀でた人であり今も健在だ。貪るようにこの本を読んで米国ビジネスに飛び込んで行った。彼は日本の教育水準の高さや犯罪の少なさや長生きや健康状態など総合的に見て日本の組織力を絶賛している。

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「性善説」の良さを残して「性悪説」も確り学ぼう 東の「韓非子」・西の「マキャベリ」

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