アジアの時代に活躍できる日本人とは
NPO法人日本交渉協会特別顧問 平沢健一
これまで米国、欧州、中国での交渉のあり方を述べてきたが、最終回はアジアに的を絞って述べてみたい。
ASEANはインドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ブルネイ、ベトナム、ラオス、ミャンマー、カンボジアの東南アジア10ヵ国が加盟し、本部はインドネシアのジャカルタだ。域内人口は約6億9千万人で、28ヵ国約5億人のEU(欧州連合)や、アメリカ・カナダ・メキシコの3ヵ国5億人弱のNAFTA(北米自由貿易協定)より多い。国連は、2030年には7億人を超え、2050年には7億7千万人になると予測している。経済成長も著しく過去10年間で域内総生産は約3倍に増加した。
この勢いは2020年に予定していたアセアン共同体が5年前倒しで発足することにつながった。アセアンの各国を勉強すると様々な事象が分かってくる。一般的に親日と言われる国が多い。とりわけタイ、インドネシア、ベトナムなどはその傾向が強く駐在員経験者は日本帰任後もこうした国に戻りたいという人が多い。“微笑みの国タイ”は日本人への親近性が追い風で、2011年の大洪水を克服しインフラ充実と東南アジアのど真ん中の立地などで物づくり大国からアセアンのハブを目指している。イスラム教徒が90%近く占めるインドネシアは人口が2.4億人を超え“親日指数世界一”と言われ、中間層の激増だけでなく超富裕層を陸続と輩出してきている。中国とアセアンを結ぶ好立地なベトナムは2012年12月実施のアジア10ヵ国親日度調査でも97%の人が親日度トップに日本を挙げている。3ヵ国の政治・社会は極めて安定しており安心してビジネスのできる市場環境だ。また一人当たりGDPで日本を越える人口510万人のシンガポールはアジア統括本社が次々誕生しており、仲の悪かった隣国マレーシアと遠大な構想力と広大な敷地と中身の充実度でこれまでの他国の経済特区構想を大きく凌駕する「イスカンダ―ル・プロジェクト」を共同で展開している。フィリピンも日本から4時間という距離の近さと英語が公用語という強み、さらに政治や社会が漸く安定してきた事で日本企業が熱い視線を向け始めた。ラストフロンティアと呼ばれるミャンマーにも遂に火がついてきた。最大の障壁だった政治環境が大きく好転し、「外国投資法」の改正や豊富な天然資源、安価で豊富な労働力や対日感情の良さなどもあり日本政府の力の入れ方が急転してきた。インフラの改善はこれからだが隣国バングラディシュやインドそしてその後の西方展開が望める。
これらの国でほぼ共通して言えることは、宗教や民族そして言葉の多様性、戦争や植民地紛争で大きな苦痛を経験してきたことだ。また中国と陸続きで隣接している国が多いため、中国人華僑(華人)がほぼ各国ビジネスの中心勢力になっており、世界長者番付に名を連ねる人も多い。最近中国政府は「大中華圏」構想の中で彼等を組織化した「中国僑商投資企業協会」の拡充に余念がない。会長はタイ最大のCPグループ総裁でタイ長者番付首位のタニン・チャラワノン(謝国民)だ。その他インドネシア、フィリピン、タイ、マレーシアの大物華人が副会長に名を連ねている。ただ圧倒的存在感を示すこうした華人実業家たちも各国政治家に近づいて事業の拡大を実現したケースが多く、これまで各国でも問題が顕在化して大きな怒りが爆発し華人が標的になってきた例もある。ミャンマーやラオスは多額な支援を受けながらこれまでの親中政策を変え始めてきた。ベトナムやフィリピンでは領土を巡る中国との軋轢が紛争に発展してきており、日中の尖閣問題も同様だ。
こうした経緯を目の当たりにして考えねばならないことは、アセアン諸国の歴史をしっかり勉強する重要性だ。各国が欧米諸国から植民地としてどれほど辛酸をなめたか、また太平洋戦争やその後のベトナム戦争等を学習すると、アセアン諸国がどの様にこれらを克服して今日の繁栄を迎えたかが良くわかる。
さらにそうした経過の中で彼等が如何に『交渉力』を育んできたかが読み取れてくる。特にタイだけは植民地支配をまぬがれた事は驚きで、フランスやイギリス植民地だった仏印(フランス領インドシナ)とミャンマーが両隣にあり、両国のバランスを巧みに利用して独立状態を守り抜いたと聞く。第2次大戦でも始めは日本側に与して親日で日本軍に協力、大戦後は宣戦布告の無効宣言を認められた。また日本軍がマレー半島南下作戦でタイの海岸から上陸することを認め、マレーシアに侵攻を許したことは今でもマレーシアやシンガポールの怒りを買っているようだ。さらに400年前のアユタヤ王朝時代にさかのぼるとタイの人たちは日本人、ポルトガル人、中国人を登用しながら彼等が突出することを防ぐ巧みな交渉力(外交力)が備わっていたという。
こうしたアセアンのハブを目指すタイの実相に気づくと、海に囲まれ他国と国境を接していない日本の今後に懸念を覚えてしまう。筆者は10年以上欧州で駐在員生活を送り、殆どの国をビジネスで訪問した。EU誕生後に国境がなくなった後にも多数の国をビジネスで訪問した経験から、多様な文化や社会的背景を持つ人たちと協力して国際的なビジネスの現場で活躍できる人をどうしたら輩出できるかを考えてしまう。
その為にアジアビジネスに向かう日本人ビジネスマンに何が必要か。
①自分の気概をもう一度点検する。5年以上の任期を覚悟しその地で最期を迎える覚悟。
②アジアや世界についての視座をはっきりさせ、上から見ずそこから日本の現状を考える。
③異なる国の相手に自分の意図を的確に伝える“異文化コミュニケーション能力”を再武装する。学問だけでなく実践に裏付けられた例から多く学ぶ。
④特に新興国やアジアでは率先垂範してつらい経験も覚悟する忍耐力とタフさが重要。
⑤企業もアジアに最優秀者を抜擢して行く。社交的でアジア内で強い人脈を作れる人。
⑥本社が行く手をふさいできた悪例を払拭し、現地人をどしどしトップに登用して行く。
アジアを研究すると、どの国にもその国に大貢献してきた日本人の先達の素晴らしい事実が分かってくる。それぞれの国で絶賛されており、知らないのは日本人ばかりで我々はもっと日本人の素晴らしさについて大いに自信を持たねばならない。
古くはタイに貢献した山田長政や台湾でアジア最大のダムを作り不毛の土地を最大の穀倉地帯に変えた八田興一、インドでパキスタンまで400キロのユーカリ街道を作って穀倉地帯に変えた杉山龍丸、最近ではベトナムで63人の里親になり外国人に対する最大の勲章をベトナム政府から受章した杉良太郎をはじめ枚挙に暇なしだ。こうしたアジアの国の人たちは現在続く日中韓3国の軋轢に不満を持っている。今や欧米もアジアの時代に激しく関与して行こうとしている。
いまこそ日中韓3国は違いを知り、違いを乗り越えてアジアや世界の平和と発展に貢献していかねばならない。その為にも燃え始めたアセアンビジネスに日本企業は全力を出さねばならない。
平沢 健一氏
G&Cビジネスコンサルタント代表
特定非営利活動法人 日本交渉協会 特別顧問
電子電機会社日本ビクター(JVC)で国内営業課長(高知県、和歌山県除き全県訪問)その後米国5年(テレビ営業部長、NY営業所長) 欧州10.5年販売現地法人経営(イタリア初代社長、全欧州担当)中国5年製造・販売13社統括会長-本社理事、建国50周年天安門招待、海南島ボアオ会議招待、全現法で黒字経営、業界初の直販、現金回収成功。世界56ヶ国業務で訪問、米国36州/全欧州/中国/アジアをほぼ訪問。徹底的な現場主義を貫き各国でシェアートップ商品、政・官・学・民の豊富な人脈ができた。
現在、G&C(グローバル&チャイナ)ビジネスコンサルタント代表、アジア立志塾共同代表、日本交渉協会特別顧問、中国最大の弁護士事務所など日中数社の顧問、日中関係学会顧問、3研究会主宰、経済産業省、経団連、早大、清華大、ジェトロ、日本商工会議所等多数講演。これまで約3000人の海外赴任前要員指導。
【主な著書】
「グローバル士魂商才」2014年、「グローバルリーダー養成オンデマンド講座(全6回)」2016年、株式会社トランスエージェント
『中国ビジネスハンドブック』日本在外企業協会、2008年、2009年、2010年
『中国ビジネス超入門−成功への扉を開ける−』産業能率大学出版部、2011年
『中国に入っては中国式交渉術に従え!』(共著)日刊工業新聞社、2013年
『中国穴場めぐり』(共著)日本僑報社、2014年
『アジアビジネス成功への道(グローバルからグローバル・アジアの時代へ)』産業能率大学出版部、2016年
『飛躍するチャイナ・イノベーション 中国ビジネス成功のアイディア10』(共著)中央経済社、2019年
『これからのグローバルビジネスの教科書~世界で戦える人材を目指して』産業能率大学出版部、2019年
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