交渉の基本構造
NPO法人 日本交渉協会名誉理事長 藤田忠
人間は対立関係ゆえに連帯を求める
対立から連帯への求めには、いろいろな方法がある。戦争も連帯を求めている、というちょっと語弊があるかもしれないが、スイスのトゥルニエという人格医学の創立者が日本にきた時、彼の講義を聞き、非常に感銘を受けた。彼は「戦争も、相手から愛を勝ち取る活動である」という。
戦争-闘争-交渉
戦争の場合、殺害することをいとわない。その殺害的物理的な力やもちろん知的な、論理的な力、あるいは心理的なものも使うのが、特徴的である。実際、戦時においては、論理や知恵が全部使われ、そこにもう一つ強力な力が加わって、科学や技術が発展する。闘争というのは、ストライキとか大学紛争などで、これはやはり物理的な力を用いるが、原則として、殺傷は入らない。戦争、闘争そして次に置かれるのが交渉である。
交渉が闘争と非常に違う面は、物理的力を用いず心理的な力だけによることである。ここで心理的な力というのは「脅し」を意味する。英語のthreatあるいはbluffである。もう一つは論理的な力、つまり、論理的に説得して連帯を求める。
そこで交渉における脅しについて考えてみると、カードゲームのポーカー一つみても、自分の手は弱いのに、強いように脅しをかける。ブリッジはさらにそういう面では交渉と非常に似ている。このように脅しは日常の一部になっている。脅しというのは、別に自分で脅しをかけていると思わなくても相手は脅しを感ずる。反対にこちらは一生懸命脅しをかけているつもりでも、相手はそれを感じないという面もある。交渉にはかなりの脅しが介在しているのである。
脅しと論理の度合を図にまとめたものが、「交渉のライフサイクル理論」である。(図2)
「交渉のライフサイクル理論」とは、図のように横軸平行に、人間関係がだんだん左になるほど成熟、親しさを増す度合を示す。最初は第Ⅳ象限で、対人関係があまり成熟していない時は論理よりも脅しが利用され、効いてくる状態を示す。問題無用と強圧的に押してくる。「ロシア型」ともいう。第Ⅰ象限の領域へ入ると、人間関係は幾分成熟してくる。論理と脅しの両方を使う。この型は「アメリカ型」である。人間関係がさらに成熟すると、論理は弱くなり、脅しも弱くなってくる。第Ⅱ象限の「北欧型」である。第Ⅲ象限では、脅しもないし、論理もなく、阿吽や惻隠の情のスタイルである。
交渉の構造
交渉者は、交渉主体と交渉代理人とからなっている。例えば労働組合で考えると組合自体が交渉主体である。この主体の代表が実際に交渉する。これが交渉代理人である。この交渉主体とその交渉代理人との交渉を対内交渉という。一般に交渉代理人は交渉の盾の機能を持つといわれる。一個人についても、本心の部分が交渉主体であり、相手側と交渉する部分が交渉代理人にあたる。対内交渉をしっかりやっておかないと、対外交渉の結果はよくない。国家レベルでいうなら、対内交渉は政治であり、対外交渉は外交である。
「交渉」の語源を探る
交渉というのは契約とか同意を結ぶための相互の話し合いの過程、すなわち相互作用の過程である。「交渉」は英語では「バーゲニング」とか「ネゴシエーション」というがnegというのは、ノットの意味でオシェーションというのはotiumというラテン語からきていて、これは静かさとか、安易さ、楽しさというような意味がある。このネゴシエーションの意味は「なかなか大変だ。交渉というのはしんどい仕事だ」ということ、それから「静かではない、口をきかなくてはいけない」という意味を持っている。「交渉」という日本語で語源を探ると、交は脚をまじえた姿。したがって成果の取り合い状態を交は示している。渉は「はかどる」即ち交わりの解決をはかどることとなる。英語で言うとファシリテート(facilitate)である。交渉者を「ファシリテーター」というのが流行になりつつある。
以上
藤田 忠氏
特定非営利活動法人 日本交渉協会名誉理事長
1931年 青森県生まれ。
一橋大学及び一橋大学大学院に学ぶ。その後ライシャワー博士の招きによりハーバード燕京研究所で研究員として学ぶ。その際に交渉学に接し、衝撃を受ける。
以後、憂国の念をもって、日本での交渉学研究に心血を注ぐ。1983年に国際基督教大学で『交渉行動』の講座を開設。これが日本でハーバード流交渉学を紹介した嚆矢となり、以後、常に交渉学の最前線で研究、教鞭をとり現在に至る。
1988-1992年 日本経営数学学会 会長
1988-2009年 日本交渉学会 会長
2003-2021年 特定非営利活動法人 日本交渉協会理事長
2021年 特定非営利活動法人 日本交渉協会名誉理事長
【著書】
『心理戦に負けない極意』(PHP研究所) 安藤雅旺共著
『ビジネス交渉術―成功を導く7つの原理』PHP研究所 著者:マイケル・ワトキンス 監訳
『交渉力研究Ⅰ交渉力研究Ⅱ』プレジデント社
『交渉の原理・原則―成功させたいあなたのための (原理・原則シリーズ)』総合法令
『交渉学教科書―今を生きる術』文眞堂 R.J.レビスキー/D.M.サンダーズ/J.W.ミントン 監訳
『交渉ハンドブック―理論・実践・教養』東洋経済新報社 日本交渉学会 監修
『脅しの理論―すばやく決断し、たくみに人を動かす (1980年) (カッパ・ビジネス)』光文社
『幕末の交渉学 (1981年)』プレジデント社 など多数
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